蠅の木
学校のまわりは、まるでゴミ山からなだれてきたように、ゴミで埋められ、かつてここに、200世帯ほどの集落があったなんて信じられないほど。
早朝、人々がゴミ拾いに集まってくる。リュックを背負って親子連れで。子どもの手をひいたり、肩ぐるましたり。まるでピクニックに行くみたいに、ゴミのなかへ歩いていく。
14歳未満の労働は禁じられているが、そしてここではわり
と厳しく管理されているようだが、学校の周辺は、いっときのことだろうが、管理も行き届かないようで、小さな子どもたちもゴミ拾いしている。
目の前を数匹の犬が通る。痩せこけて皮膚病で、あわれな姿の犬たちが。ちょうど、フィリピンで犬に噛まれた日本人が、狂犬病で死亡したというニュースがあったばかりの頃で、今まで、気にとめたこともなかった犬たちだが、ここの犬たちが狂犬病でないとはとても思えず、足がすくむよう。息をのんで、犬たちが通り過ぎるのを見送った。
校舎の裏庭に出ると、すごい蠅。エラプの近く、カシグラハンに移住しているテリーさんが来ていて、顔にぶつかる蠅を手で払いながら、片方の目がもう見えないんだ、と言う。手術を受けたが、うまくいかなかったらしいのだった。(写真、左がテリーさん)
風もないのに木がゆれる。枝にびっしりと蠅がとまっていて、その重みでゆれているのだ。校舎のすぐ隣。かつてここには、家族の庭があった。クリスマスのころに、夜、家族で賛美歌を歌う声が聞こえた。井戸があって、いっとき学校で使う水もここの井戸に汲みにきた。水汲みは子どもたちの仕事で、順番が来るまでの間、石蹴りして遊んだりした。
2000年のゴミ山崩落事故、その後の強制移住、また今回の強制移住で、かつてあったコミュニティは、すっかり変貌している。見知らない住人も多いし、治安も悪くなっているから、ひとりで歩いては駄目だという。
テリーさんが一緒に散歩してくれる。道を歩けば、子どもたちに会う。(後ろがゴミの山)
小さいマリアの家があった。お母さんは熱心なクリスチャンで、教会のボランティアをよくしていた。きょうだいが10人くらいいて、何人かはパアララン・パンタオに通ってきていた。マリアが2歳で亡くなり、それから半年もしないうちに、生まれて7か月のアントニオも亡くなったが、それも10年ほども前のことだ。きょうだいたちの写真をもっている。とても仲のいいかわいい子どもたちだった。みんなもう、大人になったろう。元気かしら。
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