クリスマス・パーティ2004
11月には校外学習。バス貸切で動物園やマニラ湾近くの遊園地に行った。先生たち、レティ先生の息子のジェイコーベンたちが引率していった。ボランティアの友人たちも。園の入口で、どこから来たのかと訊かれて、パアララン・パンタオの説明をすると(ジェイのことだから、よほどしっかり説明したのだろう)、遊園地側の好意で、なんと、子どもたち入場無料にしてもらったという。
つづく12月にはクリスマス・パーティ。多くの人たちの協力で、服や靴、玩具やすこしのお小遣いなどのプレゼントを用意することができた。この年に留学中だったチエちゃんの報告から。
「12月18日、子どもたちが楽しみにしていたクリスマスパーティーが、午前にパヤタス校にて、午後にエラプ校にてそれぞれ行われました。中心となって企画・運営を行ったのは、レティ先生の息子、Jayさんでした。
9時。教室の扉が開かれ、いつもよりもおしゃれをした、元気いっぱいの子どもたちが集まってきました。彼らの表情から、わくわくしている様子がよくわかりました。子どもたちはおよそ60人、保護者が20-30人集まっていました。
9時半。外のバスケット場にて、パーティーが始まりました。司会はJayさんと彼の友人のアランさん。色々な種類のゲーム(中にはお母さんたちを対象にしたゲームも。)が行われ、また、デイケアとレベル1、レベル2・3・4からそれぞれ代表者によるダンスが披露されました。その後、私たち(留学生)6名+日本の学生3名による、楽器&歌のクリスマスソングメドレーを披露しました。フィリピン人ほど音楽やダンスセンスのない私たちは、みんながのってくれるか不安でしたが、子どもたちや保護者のなかにいっしょに口ずさんでくれている人がいて、とても嬉しかったです。

各レベルごとにプレゼント(シンガポールからのたくさんの服・今までためておいたおもちゃ・靴、等。20ペソのお小遣いも贈られていたようです)とお昼ご飯をもらい、解散となりました。(スケジュールがきつかったため、お昼ご飯は持ち帰りとなりました。)私たちは、UPの他の日本人留学生にも手伝ってもらった、手作りのミサンガを一人一人にプレゼントしました。全員が帰ったのがちょうど12時ころ。予定通りでした。
その後皆で、私たちが作った日本料理、レティ先生たちが作ったフィリピン料理を食べ、1時過ぎに学校の前からジプニーを貸しきってエラプ校へ移動。
エラプ校では、増設工事した左側一階の新しい教室にて、パーティーが開始されました。しかし、どう考えても子どもと親の人数に対して狭すぎるので、最初に行った簡単なクイズ以外は、外の道路で行われました。3-4種類のゲームが行われ、パヤタス校のデイケア・レベル1の子たちによるダンスがもう一度披露されました。外で行ったため、近所の子どもたちもたくさん集まってきて、すごい人数になっていました。その後、子どもたちはレベル別に整列させられ、一人づつ教室に入りプレゼントを受け取り、解散。
全ての生徒と親が帰り、教室の掃除をしたあと、私たちはまたジプニーでパヤタス校へ帰りました。その後すぐに私たちは帰宅の途につきました。昨晩寝ていないレティ先生やJayさんの体調が気がかりでしたが、相変わらず元気な笑顔で私たちを見送ってくださいました。」
留学生たち、楽器の練習をしたり、前日から泊まり込みで準備してくれたのだ。レティ先生たちも徹夜でプレゼントの仕分けなどの準備をしていたらしい。
「パーティーの3日前、レティ先生に、この学校をやっていて一番嬉しいとき、一番苦しいときはどんなときですか、と質問をしたところ、生徒たちが高校や大学の入学試験に合格したときは本当に嬉しい、資金が無くて学校に必要なものが買い揃えられないときが一番苦しかった、と話してくれました。」
photos by Chie O.
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