2017年8月 Paaralang 5

8月4日 金曜日Cimg8342


午前中、エラプ校。この日は色の勉強をしていた。これは青です。言ってみましょう。「ブルー」。子どもたち、雲の絵は、みんな青で塗るんだけど、ここでもやっぱり雲は青。
では空は何色になるかというと、黄色、が多いかなあ。

この日、入口で、ずっと泣いていたのはマーシー。するとジュディもやってきて、一緒に泣き出して二重奏、そこにクリスティもやってきて三重奏。Cimg8339
がんばって泣いていたんだけど。
でも、給食のスパゲティで泣きやんで、そのあとの書き取りは一生懸命やっていた。

奨学生のレオ君はお使いで町まで印刷に行っていた。帰ってきて、エプロンつけて給食配りながら、歌っている。レオ君はいつも歌っている。
ロウェルのお母さんが私たちの分も運んできてくれる。


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文字の書き取りは、Uの字。プリントの……をなぞっていきます。
プリントを上下さかさまで書こうとしていたり、鉛筆をぐーでにぎっていたり、ひとりひとりおもしろい。

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3階は、ケビン君とお母さんたち来て、縫製のトレーニングの日。

国際教養大学のメンバーの到着が遅れている。でもなんとか間に合いそうで、迎えに来た親たちを少し待たせた。来てくれた6人と子どもたちとみんなで、「しあわせなら手を叩こう」を踊った。タガログバージョンは、笑ったり、手を叩いたりのほかに、くるくる回る、というのもあるのだ。
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午後、パヤタス校。学生たちが、ジュースパックのリサイクルグッズを欲しがっていたので、近所の製作者のロイダさんに声をかけておいたら、学生たちが来る時間に、パヤタス校のテラスに店出ししてくれていた。お買い物して、お昼休みの教室でごはん食べて、
そのあと、ゴミ山見学の予定で、バランガイセンターのほうには、全員のリストに、パアラランの先生が手紙を添えて申請を出して、許可はもらっていた。
のだけれども、数日、夜に雨が降っていて、危険な箇所の点検ができていないからという理由で、ゴミ山にのぼれないことになった。雨季のこの時期は、こうなることが多い。

それで、ロイダさんとリサ先生に同行してもらって、16人の学生たちと、あたりをお散歩。以前、パアラランの旧校舎があったあたりまで。そこからもうすこし先まで。Img_2326



そびえたつ山と一面の草はらの全部が、ゴミを埋めてできた。昔よく歩き回った麓の集落も、いまはすっかりゴミのなか。ぎりぎりのところに教会が残っていた。あの教会はずっと昔からある。

ゴミ山が崩落したときは、牧師さんたちの寄付で、カンデラリアのお母さんたちが、あの教会を拠点に、炊き出しをしていた。手をつないで輪になって、小さい子たちと日が暮れるまで遊んだ。

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集落まるごと消えてしまったなあと眺めていたら、ガードマンがやってきた。こっちは立ち入り禁止、だって。引き返す。拾った透明なビニール袋を洗っている人がいた。プラスティック、と呼んでいるけど、プラスティックは1キログラム25ペソ。

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子どもたちが帰ったあとの教室に、お母さんたちが集まってくる。お父さんもひとりいた。学生たちが企画した座談会。

20人ほども集まってくれて盛況だった。口々にお母さんたちが語ったこと。

「たくさんの学校があるのに、私たちの学校に来てくれてありがとう」
「私の子は、いま小学校に通っていて、とてもうまくやっている。パアラランで勉強したおかげです。とても感謝している。このままこの学校を続けてほしい」
「みんな近くに住んでいるから、困ったときは助け合うのよ」
「子どもが好きな遊び?ゲームやテレビ、バスケットボール。」
「私の子は、自分の名前の練習をするのが好きよ」
「うれしいこと? 子どもが教育を受けられることがしあわせ。子どもがうれしければ、私もうれしい」
「どんな子に育ってほしいか? 家族を大事にして、お祈りを忘れない、教育のあるいい子に育ってほしいわ」Img_2341_2

親たちの仕事は、スカベンジャー(ゴミ拾い)、トラックのドライバー、ガードマン、など。1人のお父さんは、「さっきまでゴミを拾っていた。いま子どもをここに迎えに来て、このあと、またゴミ拾いに行くんだ」と言っていた。

私は、ここの人たちが大好きだ、とお母さんたちの話を聞きながら、あらためて思った。率直で飾りがなくて、目があうとほほえんでくれる。

お母さんたちが帰ったあとは、先生たちとの懇談会で、リサ先生が、「先生になった最初のころは、毎日泣いてたわ。子どもたち、歩きまわるし、言うこと聞かないし、けんかするし、噛むし…」と言っていた。でももう7年、先生を続けてくれている。もっと給料のいい仕事を探せ、と親たちに言われていたこともあったのに。

この日、レティ先生は、朝からずっと、休みながらだけどずっと、パヤタスカードにサインをしていた。もう手が疲れた、と言うし、なかなかたいへんそうなので、これからは、最初にサインをして、それをコピーするようにしようよ、と提案しておいた。

学生たちのインタビューに、レティ先生は答えていた。Img_2361



「地域の人々を助けることは、あたりまえのこと。教育は大切だし、子どもたちがいる限り、この学校はつづけていきます」

私も学生に聞かれた。20年以上も支援をつづけてきたのはなぜですか。
簡単です。レティ先生がやめないから。

……まだ続けるんだって。きっと死んでもつづけるんじゃないかと思う。

学生たちが帰っていったあとの夕暮れ、リサ先生が一枚の紙を出してきた。エラプ校の電気の配線図。事業を続けるために、電気の配線を規則にしたがって直さなければいけないらしいのだ。その見取り図をつくってもらうために12000ペソ(35000円ほど)かかったという話。
実際の工事にいくらかかるかは、まだわからないって。私、聞く勇気がないわ。……いつか聞くけど。

夜ごと、パアラランの昔のことなんかを、トモコちやんに話していて、いろんなことを思い出した。通りを歩くと「モシモシアノネ」って日本語で声をかけられた頃があって、それは、じゃぱゆきさんをテーマにしたドラマの主題歌だった。日本にダンサーとして働きに行った女の子が、ヤクザに殺されるっていうような話らしかった。バブルの時代、いたるところに、フィリピンから働きに来た女の子たちがいた。
あのころ、このあたりの子どもたちも、ジャパンは知らなくても、ジャパユキという言葉は知っていたのだ。

パアラランに全然お金がなかったとき、停電がつづく夜にろうそくで生活しながら、レティ先生は、私はダンサーになって日本に働きに行く、ナイトクラブは暗いから、私がおばあちゃんだなんてわかんない。日本で稼いで、そのお金で学校を続ける。そう言って笑ったんだった。
その話は何年もしていたから、レティ先生も覚えていた。「いまは車椅子だから」と言うから、
車椅子ダンスのグループがあるよ。車椅子でダンスする。すごいショーをやるんだよ。と言うと、「それなら、車椅子ダンサーになって、稼ごう」と言う。
きっと、伝説の車椅子ダンサーになるよ、と笑った。

そうだなあ、レティ先生がそんなこと言うから、かわりに私がお金をつくろう、と思ったんだなあ。22年前。

翌朝4時半、ジュリアンが迎えに来てくれて、私たちを空港に運んでくれた。

またね。また来年ね。

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2017年8月 Paaralang 4

8月3日木曜日。
この日もレティ先生は病院。2か所の病院をまわってくるという。2年前に骨折で入院して骨粗鬆症が判明して以来の車椅子生活なのだが、血液検査その他いろいろ問題があって、頭痛もあって、薬も通院も欠かせない。次男のボーンが仕事なので、長男のジョジョが来ていた。

私たちはジプニーでエラプ校へ。Cimg8257



トモコちゃんが小学校の先生なので、近くの小学校に見学に行けないかしらと思ったんだけど、手紙も出してなくて許可ももらっていないのに、突然行っても無理だよというので、あきらめる。でもレティ先生の次女のジンジンは以前、公立小学校の先生をしていたから話を聞けるよ、ということで、連絡してくれた。
来て、待っていてくれた。トモコとジンジンと2階でお話。Cimg8245

クラスでは、前日にひきつづいて、野菜の名前や、体の部分の名前を覚えていた。英語とタガログ語を一緒に覚えていく。それからお絵かき。

パヤタス・カード、とは、挨拶の文面とレティ先生のサインの横に、子どもたちの絵を貼ったもの。支援してくださった方に、領収書変わりに送らせてもらっている。それで今年も、1年分のパヤタスカードを持って帰りたいと、お願いしていた。
22年前に支援をはじめたときからずっと同じスタイルでやってきたのだが、その間、大きく変わったのは、通ってくる子どもたちの年齢層だ。
小さい子が絵をかくのは、なかなか大変なので、乱雑な絵などは、先生たちや奨学生たちがせっせと手を入れて、仕上げてくれていた。
こんなパンギット(下手くそ)な絵をスポンサーさんに送れない、と言ってマガンダー(きれい)にしてくれる気持ちもわかるし。
でも、低年齢化がすすむにつれて、それも大変になってきていた。Cimg8255




それで、思いきってお願いした。今年からパアラランは、もうとても小さい子が来るのだから、パンギットはあたりまえ、パンギットでいいから、パンギットな絵をちょうだい。

私の子が絵、というか何かかたちのあるものをかくようになったのは、4歳を過ぎたころだと思う。色だけをひたすら塗っている子、いくつか小さい〇をかいたら飽きた子、いろいろだけど、全部OKです。
頭足人間がいた。頭から手足が出ている人の絵。子どもの絵に国境はないなあと思った。いっとき頭足人間ばっかりかいてた時期が私の子にもあったなあと思い出してなつかしかった。Cimg8265

ジンジンの話では、パアラランの先生のなかで、教職の試験にパスしたのはクリステル先生だけ。リサもイエンもダニエルも、教職コースの単位はとったけど、試験は難しいみたいだ。私立の学校などで働いた経験も必要らしい。クリステル先生は試験はパスしたけど、何か資格が足りないのと、それからクリステル先生の故郷のほうでは、就職にはコネも必要らしく、それがない。

午後、パヤタス校。V-actのメンバー18人来て、午前午後合同のクラスで、授業まるごと担当してくれる。イエン先生とクリステル先生と、奨学生のジョネルとリサ先生がサポート。Cimg8280




5歳の子どもたちだと思っていたから、学生たちが準備したプログラムのいくつかは、すこし難しかったと思う。それでも、手作り石鹸を使っての手洗い指導は、小さい子にも必要だし、楽しかったし、よかった。かたくなにしゃがもうとしない子がいて、彼女のためには、水の入ったたらいの方を、手もとまでもちあげた。

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紙芝居は、伝わったかな、微妙。次の日、クリステル先生に、もっとカラフルな色がいいし、もっと大きな声で感情をこめておおきな身振りで、とコメントしてもらっていた。カルタは2日目なので、女の子たちも楽しんでいた。
カルタの絵がかわいくて素敵だった。

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さて、みんなから離れて、毎日ひとりで教室を徘徊している女の子がいて、彼女が本棚からひっぱりだした絵本を見て驚いた。友人の絵本作家さんの絵本。
4年前にV-actの学生さんたちがはじめて来たとき、たくさんの絵本をもってきてくれた。日本語を英語になおして、さらにそれをタガログ語になおして、もってきてくれたのだ。パヤタス校とエラプ校にそれぞれ置いてあって、自由にさわれる。まさかここに、友だちの本があるなんて。

いちにのさんぽ。Cimg8322

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2017年8月 Paaralang 3

8月2日 水曜日。
午前中、エラプ校へ。
エラプ校の午前のクラスは、3歳半~4歳の80人、4クラス。8時から10時半まで。
午後のクラスは、4歳~5歳の82人。4クラス。1時から3時半まで。Cimg8146




雨季で小さい子たちは欠席が多いので、朝のクラスは、全員1階で合同クラス。
この日の朝、私たちが着いたときには、テレビの教育番組を見ていた。アルファベットと数字をおぼえましょう、というの。そのときの蟻の行進の歌が面白かった。こんなの。https://www.youtube.com/watch?v=xozQnsGkHJ4

ついでに、パアラランの子どもたちがよく歌って踊っているのは、これ。セサミストリートから。https://www.youtube.com/watch?v=Ye8mB6VsUHw
毎日聞いていたから、帰りの飛行機のなかでも、耳のなかでずっと鳴っていたわ。Cimg8159

それから、果物の授業、リンゴの色と形について。それから、顔と体のそれぞれの名称について。目でしょ、耳でしょ、鼻と口……英語で。
給食はルガウ(おかゆ)。

この日は、レイレ先生、ロシェル先生、ダニエル先生が担当していた。
お祈りのとき、ルールを守りますという言葉を復唱するのだが、「お行儀よくして、先生をハッピーにします」と言っている、らしい。(とも子ちゃんが気づいた)。

先生をハッピーに、なんて、日本にはない発想だけど、そういえば、日本の子どもは、なぜお行儀よくしなければいけないんだろう?

さて、小さい子たちが来ると、何が起こるかというと、ドアの柵にしがみついて、全力で泣いてる子がいたり、クラスの活動には参加せず、ひとりで遊んでる子がいたりするのだった。

エラプ校では、ジュディという女の子が、みんなから離れて、ひとりで入口の机にむかってすわっていた。Cimg8160




……なんか、私の息子みたいな子が、いるよ。

というわけで、私の子は3歳半から4歳半までの1年間は、幼稚園はまだ無理で、週に一度おかあさんと一緒にデイケアのクラスに通ったこと、
そのあと幼稚園に入ったけど、最初の1年間は、毎日教室から逃げ出したり、みんなから離れて入口のすみの机にぽつんとひとりでいたこと、絶対に歌わない踊らない子どもだったこと、
でも1年後には、歌わないし踊らないけど、みんなと一緒にいられるようになったこと、そうして小学校に通えるようになったことを、先生たちにいっぱい喋った。

あとでレティ先生と話したときに、幼稚園では1クラス30人で、先生は1人だと言ったら、それは駄目だと言った。でも私の息子のような子のために、サポートしてくれる先生や大学生がいたと言うと、納得していた。
パアラランでは、奨学生たちが、クラスのないときに、アシスタント・ティーチャーをしてくれているので、そういった子のサポート体制も自然にできている。

たぶん、特別支援の考え方は、ここではとてもあたりまえで、とても自然だ。
もともとが、既存の学校制度をはみだしてしまった子どもたちのためにつくられた学校だったから、子どもたち、どんなふうにここにいても大丈夫。

しばらくすると、ジュディの机のところに、もうひとり男の子が椅子をもってやってきて、ふたりで黙ってすわっていた。

ベイビー先生の末娘のエライジャンと、1歳の息子のPJも教室で過ごしている。PJは、ほんとにかわいい。ずっとにこにこしていて、楽しそうだ。数か月後にはPJの弟か妹が生まれる予定。エライジャンは、私がはじめてパヤタスを訪れた年に、生まれた女の子。今年23歳になる。

ベイビー先生は、もう何年も膝の痛みを抱えている。「今度、手術するんだ」と言う。それで、この痛む足を切り落として、かわりに豚の足をくっつけるのよ、と言う。
「豚の足?」「イエース、豚の足」
……ジョークだと思うけど。Cimg8190

自転車で迎えにきたお兄ちゃんが、弟に上着を着せてやっていた。

お昼ごはんのあと、パヤタスに帰る。ジプニーを降り損ねて、行き過ぎてしまったので、トライシクルで引き返す。ひとつ手前の通りに連れて行かれて、ここだろう、って言われたが、ここではない。コリアンはここに来るよ、というが、あいにくコリアンでもないのだった。たぶん、このあたりを拠点に活動している韓国のNGOか教会のグループがあるのだろう。別の日にも、その通りを歩くと、「アンニョンハセヨ」と声をかけられた。

学校前のテラスで、来る予定の日本の学生たちを待っていると、近所のカンデラリアのお母さんに、さっきそこをトライシクルで帰ってきたよね、と声をかけられた。昔、お母さんの子どもたちはみんな、パアラランの生徒だった。
いまは娘たちと孫たちと、8人で暮らしている、って言ってたかな。孫のひとりは、心臓が悪くて、死んでしまった。

待っている間に、マジョリーのお店にも寄った。レティ先生の姪で、昔、パアラランの先生をしていた。いまは、お店のたくましいおかみさん。キャンディもらった。Cimg8202_2




学生たちの到着は遅れている。タクシーが全然違う場所に行ってしまったらしい。連絡通じてよかったよ。午後のクラスの給食も終わったあとの3時頃到着。国際教養大学のV-act の18人。

突然やってきた大きなお兄ちゃんお姉ちゃんたちに、子どもたちひるんでいたけど、「ようこそパアララン・パンタオへ」というあいさつは、練習していたから、なんとかできた。

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最初のネームカードつくりは、まだ難しかったけど、アルファベットのかるた取りをする頃には、子どもたちもうちとけて、やんちゃな男の子たちの闘争心には火がついて、楽しかった。

リサ先生、クリステル先生、イエン先生と、奨学生のジェイペロウがアシスタント。ジェイペロウは17歳。幼稚園ときとても優秀だったので、1年スキップして小学校に入学したらしい。絵がとても上手。デザイン関係の仕事ができたらいいなと思っている。

みんなが帰っていったあとの夕暮れ、学校前の道で、少年たちはバスケットボールをし、大人たちは闘鶏をしていた。鶏はどこにでもいて、一日じゅう鳴いている。Cimg8238

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2017年8月 Paaralang 2

8月1日火曜日Cimg8094

この日、パヤタス校はクラスがあったけど、エラプ校のある町は、早朝、激しい雨が降ったので、休校だった。市長からお知らせが来るらしい。
レティ先生が病院に行くので、その前に、ボーンが私たちをエラプ校まで車で連れて行ってくれた。途中、ゴミ山がよく見える場所があるので、降りて写真撮った。
「フィリピン人は、山をつくるんだ。あれは man made mountain だ」とボーンが言った。
ふしぎな感じがする。人間は山をつくることができる。
ゴミ山は、もう本物の山のように大きい。もともとは谷だった。Cimg8116







エラプ校は子どもたちはいなかったけど、先生たち、奨学生たちがいて、それぞれの作業をしていた。奨学生たち、マイク、ロウェル、レオ 3人の男の子と、ジェイペロウとデニス 2人の女の子。責任者のベイビー先生とレイレ先生とリサ先生と、ダニエル先生。
リサは、今年からコーディネーターの仕事をしてくれている。帳簿の整理や、外部機関との折衝や、子どもたちの出生証明書の取得のことなど。Cimg8130




エラプ校は、レイレ先生、ロシェル先生、アン先生とダニエル先生。ダニエルは去年まで奨学生だった。卒業してパアラランの先生になった。ここで経験を積んで、教員の資格を取りたいと考えている。
パアラランの幼児教育について、先生たちのノート(レッスンプラン)を見せてほしいとお願いしていたんだけど、ダニエルのノートが、感動的にきれい。英語で書いているし。読みやすいし。1ページずつ写真とらせてもらった。
5歳児だけを対象にしていた去年までと、3歳児からを受け入れている今年からは、内容はすこしずつ違ってくるけど、考え方は変わっていない。

奨学生はダニエルを含めた3人が卒業した。そして新しい奨学生が2人増えた。ジョネル君29歳、クレアアンが17歳。

ロウェル君が手紙をくれた。クリスマスカードとあわせて2通。Cimg8122



……私と家族を助けてくださってありがとうございます。ぼくの可能性を信じてくださってありがとうございます。金銭的な問題で勉強がつづけられなくなったときのことを覚えています。もし助けてもらえなかったら、いまも勉強を再開することはできていないでしょう。言葉にできないくらい、感謝しています。しっかりがんばって、きっと、あなたに誇りに思ってもらえる人になります。……

だいたいそんな内容。
またきちんと訳して紹介します。すごく嬉しい。若い男の子にお手紙もらうなんて、ないもんね。スポンサーのみなさま、ありがとうございます。

3年前、彼はお父さんが亡くなったため、カレッジを休学して、家でゼリーをつくって売り歩く行商をしていた。エラプ校に売りに来ていたことから、先生たちが事情を知って、レティ先生が、奨学金を出すと、決めたのだった。2014年の10月に私が来たときだ。ロウェルに、そのことを告げたら、すごい勢いで学校を飛び出して、お母さんと弟を連れてきたときのことは、忘れられない。とっても緊張した顔してたけど、ほんとに嬉しかったんだろうなあ。
レティ先生はその場でお金を渡して、翌日には復学の手続きをしたんだった。

去年、ロウェル君は学年トップの成績で表彰された。とても優秀なので、ジェイコーベンは卒業したら自分の会社で働いてもらおうと思っている。
あのとき、野菜の行商をしていたお母さんは、いまエラプ校で給食をつくっている。とても悲しそうな疲れた顔をしていたお母さんが、いまはとても楽しそうに働いている。
とてもうきうきした様子で、私たちにもごはんを運んで来てくれるのが、なんかすごくうれしい。



エラプ校の3階は、いま、地域のお母さんたちの縫製のトレーニングセンターとして、使っている。日本のNPOハロハロさんが立ち上げて、パアラランの人たちと、いろいろ協力しながらやっている。今は、火曜の午後と金曜の午前午後、お母さんたちが、ミシンの使い方などを学びにきているようだ。マネージャーのケビン君の話では、まずミシンの練習をして、その後、デザインやマーケティングのことも学んでもらって、女の人たちの自立支援につなげていく、という取り組みだ。Cimg8138




ケビン君に、私は頼んでおいた商品を受け取ったお礼を言った。
ジュースパックを利用したバッグなどのリサイクル商品は、ハロハロさん経由で作製をお願いしている。ここの人たちがつくってくれる。私はそれを日本に持って帰って、バザーなどで売って、その売り上げをパアラランへ返す、ということを細々としている。

ずっと昔、24年ほども前、まだ私たちがパアラランの支援に関わる前に、失敗したプロジェクトがあった。ミシンで縫製の仕事をして、その収益で学校の運営費を作ろうと考えたのだが、ミシンを踏むよりもゴミを拾ったほうがずっと収入になるという環境下で、それは全然現実的じゃなかった。その失敗のあと、学校は存続の危機に立たされたので、当時を知る人たちにとっては、トラウマ的な体験になっている。
だから、最初、レティ先生は、ハロハロさんの取り組みには、懐疑的だったと思う。母親たちが技術を身につけて収入を得ることは子どもの教育のために大事だという考えは、レティ先生の考えでもあったけれど、それがここで実現できるのかどうか。

ハロハロのハルカちゃんはとてもがんばったと思う。
いま、毎年たしかに前に向いてすすんでいるようで、パアラランにとっても、昔の夢が、ちがったかたちで花開いていく(トラウマから解放される)ことは、素敵な展開だ。

エラプ校近くの美容院に行く。カット40ペソ(120円弱)。私が来たら、美容院へ連れて行くのはレティ先生のこだわりだ。「そのばさばさの髪をなんとかしろ、フィリピンで切ったら安いから」と、毎年言われて、毎年連れて行かれる。どう切られても、10日もたてば慣れるので、黙ってカットしてもらう。美容院の帰り道、リサ先生が、アイスクリームをおごってくれた。

エラプは、ゴミ山が崩落して数百人が犠牲になった2000年の事故のあと、パヤタスの人たちが強制移住させられた町だ。そのころマニラの他のスラムからの強制移住もあって、ここに町ができた。原っぱに建物があるだけの、殺風景な町だったのに、いまは、それなりに落ち着きと活気のある町になってきた。

レティ先生の次女のジンジンも夫の退職後、家族でここに引っ越してきた。パヤタス校の隣の家。路上でアチバル(ジンジンの長男)に会った。去年、体を壊して、軍隊をやめて、いまは別の仕事についている。Cimg8135_3

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2017年8月 Paaralang 1

2017年8月 Paaralang 1

7月30日、福岡空港から出発。今年は小学校の先生をしている女の子、トモコちゃんと一緒。彼女は英語ができるので、私は辞書を持って行かない。辞書の文字がもう小さくて読むのつらいし。
マニラの空港には、ジュリアンが、奥さんと娘のサビエンヌと一緒に車で迎えに来てくれていた。サビエンヌ4歳。今年から近くのデイケアに通っている。
ジュリアンはパアラランの一番最初の奨学生2人のうちの1人。ジェイコーベン(レティ先生の末息子)の会社で働いている。

レティ先生、車椅子ながら、まあまあお元気そうで、ほっとした。
ジェイコーベンの誕生日だったので、彼らは帰ったあとだったけど、料理がいろいろ残っていて、そこにいた人たちで夕食。
私たちは教室にマットレスを敷いて寝た。黒板のしきりの向こうでは、次男のボーンと奥さんが休んでいた。レティ先生の病院の送り迎えや介護のために、しばしば来ている。
グレース(レティ先生の養女)は28歳ぐらいかな、いまはバリスタになるための講習を受けているらしい。
クレアアン(レティ先生の曾孫)は17歳。高校は通わなかったが、卒業資格の試験にパスして、今年からカレッジに通っている。

31日、月曜日の朝。午前4時頃から、学校の裏の道を通るゴミのトラック、そこらじゅうで飼っている鶏の鳴き声がにぎやか。学校の裏から見えるゴミの山は、緑の草に覆われている。Cimg8019








パヤタス校のクラスは9時から11時。3歳から5歳の24人が登録している。Cimg8024

今年、パアララン・パンタオの一番大きな変化は、受け入れる子どもたちの年齢層が低くなったことだ。
去年まで、ほとんどが5歳児で、小学校入学前の1~2年をパアラランで勉強するのだったが、今年からは3歳の子どもたちも受け入れている。

というのも、この6月から、すべての公立小学校に、キンダーガーデン(幼稚園)の併設が義務づけられたため。キンダーガーデンに通える5歳児はそっちに行ってもらって、そのかわりに、3歳半からの子どもたちを受け入れることにしたのだった。本格的に幼児教育に取り組むことになった。

それはそれで大変だが、とてもいいことだと思う。

いまは雨季で、デング熱も流行する時期なので、とりわけ小さい子は休みが多い。朝、雨が降ると来ないし。この日の午前中は13人の出席だった。
月曜の朝は、フラッグセレモニーからはじまる。国旗を出して、お祈りの歌、国歌斉唱、感謝と誓いの言葉の復唱、それからリトミック(歌ったり体を動かしたり)。

今年、パヤタス校は、クリステル先生とイエン先生。ふたりともエラプから通ってきている。イエン先生は給食も作っている。グローリア先生は、病気のため長期休職中。
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8月は、栄養月間ということで、この日は野菜の名前(英語とタガログ語)や色を教えていた。バスケットを用意してお買い物ごっこ、どっちのバスケットにいくつ入っていて、どっちがたくさんでしょう。数の数え方。それからなすびの絵のぬりえ。

用意したいろんな野菜のなかにバナナもあって、ちゃっかり食べている男の子いたなあ。

給食は、ごはんと、チキンと瓜のスープ。チキンと瓜は細かくほぐして、スープをごはんに混ぜて出してあげる。おかわりする子もいるし、残す子もいる。先生が口にはこんであげなければいけない子もいる。Cimg8061

ドアの柵にしがみついて、えんえんと泣き叫んでいた女の子ひとり、途中でお母さんと帰っちゃったけど。

発表ができたり、ぬりえができたり、給食を食べたりする度に、子どもたちはベリーグッドのスタンプを押してもらう。みんな腕に押してもらうのが好き。
それで子どもたちは腕をベリーグッドのスタンプだらけにして、帰る。よくがんばりました。

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午前のクラスが終わる頃、レイナルドがやってきた。パアラランの最初の奨学生の1人。カレッジを出て、いまは近くのバランガイ(行政組織)で働いている。いつのまにか男の子4人女の子1人の5人の子のお父さんで、娘のレイアナを迎えに来た。
とってもしっかりしていて、賢い女の子がいるなあと思っていたら、レイナルドの娘だった。
20年前、レイナルドはパアラランで勉強してハイスクールに進学したんだった。それからカレッジに進学して成績優秀で金メダルもらった、のが13年くらい前かな。彼はもう40歳になった。Cimg8077

お迎えにきた親と下校。

パヤタス校の午後のクラスは4歳から5歳の26人が登録している。この日、午後のクラスのお休みは3人だけだったらしい。

私たちは午後、ジプニーに乗って、SM(ショッピングモール)までお買い物。ドライマンゴーを買いに行ったんだけど、んー、毎年少しずつ高くなっている。トモコちゃんがショッピングセンターに若い人が多いのに驚いている。言われてみれば。日本はおばさんおばあさんが多いよね、こういうところは。

日本は子どもが少ないのが悩みで、フィリピンは子どもが多いのが悩み、という話をあとでレティ先生とした。3人以上子どもつくったら牢屋に入れるぞ、と大統領は言ったらしい。

夜中、雷雨。

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パアララン・パンタオ支援のお願い

パアララン・パンタオ支援のお願い

パアラランの友人のみなさま、いつもありがとうございます。私たちは1995年以来、パアラランの運営費(教師の給料、電気、水、備品)等の支援をさせてもらっています。おかげさまで今年度も、元気に新学期を迎えています。
この数年は年間2万ドルほどの送金を続けています(希望としては3万ドルあればと願っていますが、なかなか厳しいです)。2か月おきに4千ドルほどずつ送金しています。

さて、実はこの7月8月の資金が足りません。2千ドル(20万円余り)ほど不足しています。(8月訪問、ニュースレターの作成発送の後は、例年通り、なんとかやっていけるのではないかと思っています。)
いくらでも結構です。この夏、ご支援いただけると、本当に助かります。どうぞよろしくお願いいたします。
送金先

郵便振替 : 00110-9-579521
名 称 : パヤタス・オープンメンバー

銀行口座は 三菱東京UFJ銀行 八王子中央支店
      1118901 パヤタス・オープンメンバー

(銀行口座は連絡先がわからなくて、会計報告等お送りできないことがあります。連絡先を別途、お知らせください。)

http://www.fureai-ch.ne.jp/payatas/

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2016年8月 Paaralang ⑥

8月5日。金曜日。

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早朝から、ハルカちゃんとロイダさん(リサイクルグッズの作り手さん)と一緒にエラプ校に行く。
エラプ校の3階では、ときどき近所のお母さんたちが集まって、リサイクルグッズ製作のトレーニングをしている。製作グループをたちあげること、技術指導のこと、たいへんなことも多いだろう。ハルカちゃんのバイタリティに感心する。
留学生で、ハロハロのインターンの雄飛くんが来ていた。いろいろ話ができてよかった。パアラランは22年前から留学生たちが通ってくれて、大学での支援活動もしてくれて、学生たちの活動はほんとにすばらしいんだけど、先輩たちがどんなに活躍したかということが、なかなか伝わっていないのは、残念かも。

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ベイビー先生がいたので、そういえばもうすぐお誕生日ねって言ったら、今年はお誕生日はないのよって言う。生まれて10ヶ月になる孫のPJが、病気で水曜から入院している。だからお金がない。たぶん1週間ぐらい入院する。辞書がないので(読めないので持ち歩くのやめたのだ)はっきり確認できないが、私の理解では、遺伝性の甲状腺に関係する病気みたいだ。

1階と2階の教室ではクラスが始まっている。エラプ校の午前のクラスは8時から。奨学生のデニスは、カレッジの制服で来ている。彼女は水曜日は一日中、ほかの日は、午後がカレッジのクラスがある。月、火、木、金曜の午前中、エラプ校のティーチャーをしている。

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教室では、いろいろ面白いことをしている。まるや三角や四角の紙を貼って、人の形をつくってみたり、光る台紙に色紙を貼ってきらきらする車を作ってみたり。自分の名前を書く練習をしているクラスもある。名前のあとは、瓶の蓋を使って、それを並べて数を数える練習。

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午後、パヤタス校にもどって、パヤタスカード(寄付してくれた人に送る絵のカード)の準備していたら、出かけるよ、ってグレースが言う。どこに? ドライマンゴー買うんでしょ。それからアチバルのところ。

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で、お出かけ。ジープニーに乗って、乗り合いタクシーに乗り換えて、SMノース(大きいショッピングセンター)に行ったらフードコートのディスプレイがなぜか桜の木だった。ドライマンゴー、20個買おうと思ったけど、安くないので15個にする。
それからタクシーで、アチバルが入院している病院へ。
今まで気にとめたこともなかったけど、息子が車が好きなので、ちよっと気にして見てみると、日本車ばっかり走っている。トヨタ、三菱、日産、ホンダ、スズキ。トラックはイスズ、バイクはヤマハ。新しい車も多い。

国軍病院。グレースは入口でIDチェック。お母さんのジンジンもいた。ふたりに会えてなんかほっとした。アチバルは入院して2週間で15キロ痩せたっていうけど、去年と同じなので、もとにもどったということだと思う。軍隊に入ってすごく増えてたんだな。クレアチニンの値が1800とかになっていたらしいんだけど、いまは正常値に戻りつつある。あと2週間で退院して、その後は毎月検査をする。軍の病院なのでお金はいらない。でも、この弱い腎臓で軍隊は無理だから、やめてオフィスの仕事に戻るつもり。まわりの入院患者のおじさんたちはネフローゼらしい。
弟のライジェルは、去年進路に悩んでいたが、あれからロウェルと同じカレッジに進学した。 突然雷雨、それからスコール。それから雲の切れ目から、真っ赤な夕焼けが見えた。

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雨のなか、ジプニーに乘る。雨の夜のジープニーにゆられる。ジープニーは大好き。たまさか乗り合わせた全然知らない人たちが、不思議になつかしい人になっていくような小さな時空。

グレースが、イヤホンを半分くれて、お気に入りのロックバンドの曲を聞かせてくれる。日本のバンドらしい。半分英語、半分日本語の曲が流れる。普通にラブソング。日本語のところを訳せってグレースがいう。そんな難しいことを。えっとね。 街は急ぎ過ぎる。anything happen from now, we don't know...みたいな。これから何おこるかわかんない。でも傍らに君がいて、ぼくたちは朝ごはんを食べる。breakfast.
日本の着物を着てみたいってグレースが言う。やめとこうよ。帯が苦しいよ。高いんでしょう、って言う。でも浴衣ならそんなに高くない。今度もってきてあげる、って私は言ったけど、覚えてるといいんだけど。

ジプニー乗り換えて夜の街を歩いて、着いたのはPJが入院している病院。おばあちゃんのベイビー先生とおばさんのジョイとロレンともうひとり女の子がいた。女ばかり4人姉妹のところに生まれた小さな男の子なので(末っ子のエライジャンの息子)、おばさんたちが夢中になってる。すごいかわいい男の子。熱も下がっていて、点滴の管につながれながらも、元気そう。

去年は、レティ先生が入院していた。あれはロビーにピアノがある大きな病院だった。去年と今年と、私のマニラ観光は病院。全部違う病院。

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グレースとリテックスまで戻ると、歩道橋の上から、市場の灯りと車の灯りが、すごくきれいだった。ディズニーランドみたいだよねえ。市場のパラソルがカラフルで。 夜10時。帰ると、休んでいたレティ先生が起きてくる。テーブルの上にお願いしといたカードのサインは、終わってない。サインしてサイン。たった150枚だから。

8月6日帰国の日。
早朝5時。鶏が起こしてくれる。5時半、ジュリアンが来て、荷物を車に運んでくれる。レティ先生が車椅子で入口まで来て見送ってくれる。

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2016年8月 Paaralang ➄

8月4日木曜日

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パヤタス校は、奨学生のレオ君が来ている。レオ君が書き取りを見ている間、イエン先生は子どもたちの身長と体重を測っている。毎月チェックしている。
レオ君の一週間。月曜日は一日中エラプ校。火曜と水曜は午前エラプ校。午後はカレッジの授業。木曜日は一日パヤタス校。金曜と土曜は一日中カレッジの授業。専門は、初等教育。6人きょうだいで、お父さんは大工、お母さんは野菜の行商をしている。
レオ君は、しじゅう歌を歌っている。なんだかわからないが、楽しくなる。

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お昼ごろ、日本からNPOハロハロのハルカちゃんが来る。パヤタスでも、ジュースパックのリサイクルで、バックやポーチなどをつくっていて、私もバザー用に、仕入れて帰るのだが、そのコーディネートをしてくれる。いろいろと新製品もつくってもらった。

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マニラのタクシーが、とてもマナーがよくなった、という話を聞く。外国人でも乗りやすい。タクシーは危ないから気をつけなきゃと以前は必ず言われたものでしたが。レティ先生と一緒に乘るときさえ、メーターを回していないタクシーを何台も断って、ようやく信頼できそうなのを見つけて乗り込む、というふうだったけど、あれも10数年も前のことか。
新しい大統領の話。迎えに来てくれたとき、道路の看板を指して、あれが新しい大統領だよとジュリアンが教えてくれた。好きかどうかを聞いたら、好きだと言った。日本でニュースで見るぶんには、麻薬犯罪者を射殺させたり、恐怖政治かな、という感じもするほどだったのに、ここではとても評判がいい。以前ダバオ市長で、その実績をみんな知っているからだという。
新しい大統領になって、ドラックの売買をしている連中が殺されるのが怖いから何十万人も自首しているとか、パヤタスでも、ホールドアップ(恐喝事件はよく起こっていた)がなくなってきているという。治安がよくなることと汚職がなくなることを、人々は期待している、ということのようだ。

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学校の行事についてのメモ。
3月末。卒業のパーティ。レコグニション、って言っているから、地域の人たちにパアラランを知ってもらうためのパーティでもある。
そのあと夏休み。夏休みのキャンプは今年はなかった。5月14-15日、先生たちのワークショップ。モンタルバンの景色のいいところで一泊研修。ところが、とても暑かったので、レティ先生が気分が悪くなって、さきにパヤタスに帰る、ということになってしまった。そうしてベッドに寝かせられたところに、以前の留学生の陽子ちゃんがやってきた、数年ぶりのレティ先生の弱った姿にショックを受けた、という、ことの次第だった。陽子ちゃんから、話をきいて、私も心配だったのだ。
6月、新学期。パヤタス校エラプ校あわせて198人の子どもたちが来ている。

給食。後片付け。テーブルを拭くのは、しっかりものの女の子たち。

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帰りの風景。お母さんが迎えに来るまで、テラスで遊んで待っている。(来ないときは先生が連れて帰る)。前の道を通るアイスクリーム屋さん。写真撮ってるうちに行ってしまって、食べられなかったのがすこし残念。

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2016年8月 Paaralang ④

8月3日水曜日。

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朝、学校の前を野菜の行商のおばさんが通る。グローリィ先生が給食のスープの野菜を買いに出る。
それから、学校の前の道を、カンデラリアのお母さんが通る。はじめて来たときから知っているからもう22年来の知り合い。小さかった子どもたちは大きくなって、いまは孫たちがいる。子どもたち元気?孫は何人になったの?って聞いたら、こないだ孫が死んじゃったんだって言う。7人いたのが6人になった。リチャードという男の子が6歳で死んだ。ハート、って言ったから心臓かな。20年前、彼女にはたくさん子どもがいたんだけど、末の2人、2歳の女の子と生まれて数か月の男の子がつづけて死んだことがあった。女の子は心臓が悪かった。そんなことを思い出した。

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秋田から、国際教養大学のV-ACTのメンバー11人がやってくる。



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本当は前日のはずだったが、フライトキャンセルで1日遅れ。ゴミ山の見学は、事前の許可がないと駄目で、許可があれば、トラックの荷台を改装したバスに乗って、ゴミ山の全景を眺めることができる。許可をもらう手続きは面倒で、この時期は雨季で行けないことも多い。
それで、レティ先生が、グローリィ先生が近くを案内するように言ってくれる。グローリィ先生は地元の人なので、よくわかっている。私も一人では行かせてもらえないので便乗する。以前、パアララン・パンタオの旧校舎があったあたりまで、道を降りていった。ゴミが散乱していて、道のはしを流れる水で、拾ったビニール袋を洗っていて、ジャンクショップが並んでいる。

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ゴミの山は大きくて、草も茂っていて、はじめて見る人は、本物の山だと思う。20年前は平地だった。その前は谷だった。

パアラランがあったところは、もうゴミの中に埋もれていて、草が茂っている。その傍らをトラックの通る道ができている。
20年前のこのあたりの様子を説明していると、「生まれる前ですね」って学生が言う。そのころ、この山の下に、集落があった。

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「私の家もここにあったのよ」とグローリィ先生。彼女の末っ子の男の子は、ここにあったころのパアラランの生徒だった。その子は今年カレッジに入学して、トヨタから奨学金をもらっている。
学費がかからないので、とても助かるって言う。私の人生は成功しなかったし、お金はないし、って言うから、きっと息子が成功するよ、って言ったら嬉しそうだった。
「いまのパアラランと、前のパアラランと、どっちが大きい?」とグローリィ。同じくらい、と私。間取りも同じ。お金がないのもね、と言ったら、笑った。

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学生たち、午後のクラスを担当してくれる。手作りの石鹸をもってきてくれていて、お絵かきのあとは、手洗いの学習。「サボーン(石鹸)! サボーン!」と楽しそうだった。先生たちが、バケツとたらいを用意してくれた。帰りにひとつずつ石鹸のお土産。
あの石鹸、使ったらなかから消しゴムが出てくるらしいんだけど、みんなもう気づいたかな。楽しい午後だった。

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ジプニー乗り場に送っていって、学生たち乗り込んだ直後に雨。グローリィ先生とあっちこっちの店先で雨宿りしながら帰ったけど、グローリィ、走るの、はやっ。


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2016年8月 Paaralang ③

8月2日火曜日

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奨学生のダニエルが来ている。ハイスクールの4年生。クラスは月曜と土曜だけなので、ほかの日は、エラプ校とパヤタス校のアシスタント・ティーチャーをしている。ダニエルと弟たちはおばさんの家で暮らしている。両親は別の家庭をもっていて、一緒に暮らしていない。
奨学生たちはみんな、とてもまじめで、きれいな顔をしている。何かとても美しいものに触れたという感じがして、しあわせな気持になる。

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イエンは地球儀を見せて、フィリピンと日本を教えている。日本から学生たちが来るので、挨拶の練習。

グレースが、エクセルで給食の経理をまとめていた。一週間ごとだって。たくさんのレシート。スーパーではなくて市場や行商の人から買うときはレシートがないから、たくさんの手書きのメモ。水代ガス代も。これは煩雑だ。一週間でパヤタス、エラプ両校で5000ペソ余り(15000円ほど)。支援してくれているスイスのグループに提出するため。イエン先生は給食の写真を毎食ごとに写真に撮っている。ごはんと肉と野菜。おかわりもできる。給食調理しているテリーさんとグローリィ先生。

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学校の運営経費は私たちの送金から出しているが、経理のレポートは遅れてもいいかな、とジェイは言った。自分の仕事も忙しいし、現場ではグレースが給食のレシートに埋もれている。私たちのほうは、半年あとでもいいよ。お金がどう使われているかは、ここに来ればわかる。送金額は増えていないのだから、先生たちの給料も増えていないのだ。それでも働きたいと思ってくれる先生たちがいるのが素晴らしいし、奨学生たちもすばらしい。ほんとに少ない予算で、とても上手にやりくりしている。

ここは朗らかだ。いろんなことがあるんだけど。生きることは朗らかであるということなんだと、ここに来ると思う。そしてそれは、何かとても力強いことだ。

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扇風機の羽を買ってきたラリ―さんが、教室の天井の壊れた扇風機の修理を、汗だくになってしていた。見上げていて、天井の一部が、剥がれかけているのに気づいた。台風で壊れたエラプ校の屋根は、去年クラウドファンディングで資金を集めて修理した。こっちも修理したかったんだけど、お金が足りなかった。

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レティ先生に聞くと、テラスの屋根は、オーストラリアから来た訪問者の寄付で修理した。残りの天井と屋根を全部なおすとすると20万ペソかかるって言う。
聞こえなかったことにする。

扇風機の部品が落ちてきて、びっくりして泣き出した子をダニエルがあやしている。
ようやく扇風機がまわりはじめるが、ちょくちょく停電。
「建物もぼくも、古いからなあ」とラリーさん。

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帰国後、「幸せなら手をたたこう」という歌についてのドラマを、録画していたのを見た。戦後14年後にフィリピンを訪れた青年が、ボランティアのために訪れた土地で、「ハポン、パタイ(日本人死ね)」と声をかけられる。住民が教会に詰め込まれて、焼き殺された、というような話は何度か聞いたけど、100万人の犠牲者というのは、途方もない。「幸せなら手をたたこう」が、その青年が、家族を日本軍に殺されたフィリピンの青年や子どもたちと出会ったことから、生まれた歌だということははじめて知った。それから世界中に広まった。

そういえば、支援をはじめた21年前。戦争のときフィリピンに行ったという元兵士のおじいさんから、30万円の寄付をもらった。学校が潰れそうなときだったので、あのときの寄付はほんとうに助かった。あのころは30万円あれば4ヶ月は学校を続けることができた。その4か月の間に、次の手立てを考えることができた。

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「幸せなら手わたたこう」の歌、パアラランでも元気に歌っている。

Kung ikaw ay masaya, tumawa ka! Hahahaha(幸せなら笑おう) Kung ikaw ay masaya, buhay mo ay sisigla(幸せなら態度で示そうよ) Kung ikaw ay masaya, tumawa ka! Hahahaha(幸せなら笑おう)

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2016年8月 Paaralang ②

午前4時を過ぎると、学校の裏の道をゴミのトラックが通る。5時には飼っている鶏が鳴き始める。これがすばらしいアラームで、30分ぐらいは鳴きやまない。つづいて、犬がキャンキャンワンワン吠え始める。ここでは目覚ましいらない。絶対目が覚める。
でも、眠いので、もう一度寝る。
朝、テリーさんが来ている。レティ先生の古い友人。私が滞在する間ずっといてくれて、ごはんつくってくれた。

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今年、パヤタス校は、グローリィ先生とイエン先生。グローリィは近くに住んでいるが、イエンはエラプから通ってくる。去年まで長い間、教えてくれていたマリアペレは、いまはドバイに出稼ぎに行っている。子どもたち育てるのにお金がかかるからって。ジンジン(レティ先生の次女)は、奨学金でカレッジに通って教師の免許をとってはどうかと勧めたんだけど、4人の子がいて、お金が必要なのは、待ったなしだったのだろう。

8月1日月曜日、9時からクラスがはじまる。

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この日グローリィ先生は風邪で休み。テリーさんとイエンが給食の準備をしている間、奨学生のロウェル君がクラスをみている。奨学生たち、自分の授業のないときは、パアラランで先生をしている。
たとえばロウェルの一週間。月曜は1日パヤタス校でアシスタントティーチャー。火曜は午前中大学、午後はエラプ校でティーチャー。水曜は1日エラプ校でティーチャー、木、金、土曜は大学。
ロウェルはすごくしっかりした先生をしている。お父さんが亡くなってカレッジを休学して行商をしていた頃は、不安そうな顔をした少年だったが、いまは表情に自信がある。顔には髭まである。ロウェルのお母さんは、いまパートタイムで、エラプ校で給食をつくっている。あとで会ったけど、お母さんの表情も明るくなっていた。ロウェルは学校で一番の成績らしい(あとでジンジンが教えてくれた)。

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パヤタス校の生徒は、午前(9時から12時)のクラスが23人。4歳から5歳。午後(1時から4時)のクラスが24人。4歳から9歳。9歳の男の子は、3年前に小学校に入学したが、まもなく行かなくなり、そのまま3年が過ぎたが、もう一度小学校に通わせようとお母さんは思って、ここで勉強させることにした。

この日の書き取りは、Bの文字。これがなかなか。あっというまに、ノート1ページをBで埋めて、very good のスタンプをもらっている子もいるが、どうしてもどうしても書けない子もいる。この点からこの点まで、線を引いてごらん、ということから、根気よく教えてゆきますが。

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ひとりの女の子は、何度書いてもどうしてもどうしても、鏡文字になる。自分でも何か違うと気づくらしく、書いたり消したり書いたり消したり、私が見ていた間だけでも15回ほどは書いたり消したりしていたんだけど、私が手をもって一緒に書いたBも、それも気に入らないらしく消したけれども、とうとう自分ひとりで正しいBを書いたときには、自分でもびっくりしたような顔をしていたのが、なんだかとってもかわいらしかった。
それからBではじまる、タガログ語の単語、英語の単語、英語の数の数え方、100まで。それから2の倍数を100まで、5の倍数、10の倍数も100まで。それから100ごとに1000までカウント。
たっぷり2時間は勉強して、それから給食。それからおやつ。

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子どもたち、very good のスタンプを、ノートより腕に押してもらいたがるんだけど、なかには、スタンプの星の数が5つ以上ないと、お父さんからおやつ代の5ペソをもらえない子もいるらしい。(パアラランでは、子どものおやつを、仕入れ値ほどの安い値段で提供している。)

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午後、ボーンが車を出してくれて、レティ先生と一緒にエラプ校へ。エラプ校は、午前4クラス、午後4クラス。責任者はベイビー先生、ほかに、アン先生、クリステル先生、レイレ先生とロシェル先生。
アン先生のクラスは午前17人(4-5歳)午後18人(5-6歳)
ロシェル先生、午前20人(4-5歳)午後19人(6-10歳)
レイレ先生、午前18人(4-5歳)午後18人(5歳)
クリステル先生、午前21人(3-4歳)午後20人(5歳)

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午後のクラス。授業の前にみんなで歌。胸に手をあてて歌うのは国歌。それから歌にあわせてエクソサイズ。それからそれぞれの教室に。

この日は、奨学生のマイクが、アン先生のクラスでアシスタントティーチャーをしていた。アン先生はもう5年くらい教えてくれているのかな。気持ちをあらわす言葉、の授業。マイクは月曜と金曜の午後、それから火曜と木曜は1日中、エラプで教える。月曜と金曜の午前中と、水曜と土曜は1日中大学に行っている。

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2016年8月 Paaralang ①

空港のレートがよくないことはわかっているのだが、他の両替所に行けるかどうかわからないので、空港で替える。100ドル札1枚と1万円札1枚。1万円3600ペソだが、100ドルは4690ペソだった。着いた日、ジェイと学校の経費の相談をした。私たちが1年間に送金できるのは、いつもと同じくらい、2万ドルが精一杯だよと言ったら、バランスで何とかなるよ、と言った。バランス、とはドルのレートがいいということだ。学校の運営が、ぎりぎりの自転車操業であることにかわりはないのだが。

空港には、いつもと同じように、ジュリアンが迎えにきてくれていた。妻と娘のサビエンヌも一緒。サビエンヌは3歳になった。赤ちゃんのとき以来だから、覚えてないよね。
パヤタス校に着くと、レティ先生、次男のボーン、養女のグレース、孫のリンリンとその娘のグローリィと、また別のひ孫のクレアアン、それから末息子のジェイと妻のカティも来ていた。ジェイの誕生日で、ケーキがあった。キャラメル味で美味しい。

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バーベキューも。ビールも。ジェイたち忙しいので、その場で学校の運営費の相談など、さくさくと話しあう。だいたいいつもと同じ。same as usual.いつもと同じ、ということがうれしい。
レティ先生が車椅子ながら、キッチンのいつもと同じ席にいてくれることが、すごくうれしい。去年きたときレティ先生は、ずっと入院していたのだ。

奨学生の資料もあらかじめもらっていたので、それらの確認などもする。
奨学生プロジェクトは始動している。今年、大学生と高校生11人に奨学金を支給、そのかわりに、クラスのない日には、パアラランでボランティアの先生をしてもらう。スイスのグループと、私たち日本からと、ジェイ夫妻、ジェイの会社、などの資金提供だ。ずっとエラプ校で教えてくれていたリザ先生も奨学生のひとり。教員免許をとるためにカレッジに通っている。

ジェイたちは、アチバル(レティ先生の次女のジンジンの長男)が入院しているので、これから病院に行くと言う。なんでもオフィスをやめて軍隊に入ったのだが(アチバルのお父さんは軍人だ)腎臓が悪くなって倒れたんだという。去年はお母さんのジンジンが乳癌で闘病中だった。ジンジンは手術も成功して、いまは元気だよっていう。アチバルの詳しいことがわからなくて心配。
kidnyって言った。その単語には覚えがある。10数年前にたまたまフィリピンで見たニュースのなかに、スラムの人たちが、お金のために臓器売買をしているという映像があった。ここではなくて、もっと海のほうのスラムの話だった。その臓器がkidnyだった。腎臓で間違いない。でも念のため辞書を見ておこうと思って、もっていた辞書をめくったんだけど、字が小さすぎて、読めない。ショックだ。去年は読めたのに。

誕生日、いくつになったのって聞いたら、25歳だよってジェイは言って、15歳サバ読んでるけど、私も同じだよ、気分だけはね、って笑ったけど、ほんとに気分だけだわ。来年からは、拡大鏡ももってこよう。

レティ先生と孫娘のリンリンは、私を美容室に連れていく相談をしている。いつもと同じように。リンリンは安くて上手な店を見つけてくる。

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翌日、エラプ校へ行った帰りに、レティ先生やグレースと一緒に美容室へ。カット50ペソ(150円弱)、今回はマニキュア50ペソ、ペディキュア50ペソも。染めるなら赤よね。一生に二度か三度はかわいいかもしれない私の足の爪。

 


息子のために、ジプニーとトライシクルの写真をせっせと撮った。エラプシティへ行く道、パヤタスロードは、ジプニーとトライシクルがたくさん走っている。学校帰りの子どもたちが鈴なり。

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エラプシティの入口には、ジプニー乗り場とトライシクル乗り場があって、たくさん並んでいる。いい町になったなって思う。16年前、パヤタスのゴミ山が崩落した事故の後に、人々が強制移住させられたときには、なんにもない原っぱのなかに、小さな家だけが並んでいて、こんなところで、どうやって生きていくんだ、って人々は話していた。今は、近くのモンタルバンの街も発展して、すっかり、郊外の住宅地という感じになってきた。

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ありがとうございます。

パアララン・パンタオに今年度最後の送金。
パアラランへのご支援、ほんとうにありがとうございます。おかげさまで、今年度も、学校を続けることができました。ひきつづき、どうかよろしくお願いいたします。

ところで、銀行口座に振り込みがあったのですが、連絡先がわからない方があります。
ここに記してお礼申し上げます。

タマダツカサ様 イトウトモヤ様 タマガワマイ様

たいへんありがとうございます。連絡いただけるとうれしいです。
心あたりの方いらっしゃいましたら、教えてください。

payatas@fureai-ch.ne.jp


パアララン・パンタオへの寄付はこちら
郵便振替 00110-9-579521
名称 パヤタス・オープンメンバー

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パアララン・パンタオ 2015年8月 ➄

パヤタス校周辺の様子。(右上から)Cimg1648

ゴミのトラックの通る道

ジャンクショップ。緑の山は、ゴミ山。

パヤタス校前の道。パンパンガ・ストリート。

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5日、朝、ラリーさんと病院に行く。ジェイコーベンとグレースがいる。
レティ先生のセラピー、それから退院の準備。支払その他でジェイコーベンは病院内を行ったり来たりしている。午後、マリアペレも来る。
セラピーのとき、膝を立ててシーツをかぶせたのが出産Cimg1362の恰好に似ていると言って、今から生まれるよ、とレティ先生が言う。おぎゃあ、と泣いて見せる。ほんとに、笑わせてくれる。
レティ先生、退院しても、体を起こすこと、立つこと歩くこと、すべてに介助が必要な状態が続くだろう。
家族が多いということの幸いを考える。そしてレティ先生の家族の仲のよさは、まったくすてきだ。
20年間、一緒にやってきて、パアララン・パンタオという学校が、この家族の絆を強くしていることも感じる。パアラランがなかったら、ジン先生もベイビー先生も、レティ先生と一緒にパアラランの仕事をすることもなかったろう。そしてもっと、いろんなことが違っていたと思う。Img_1227_2

カズミさん、ここで何してるんですか、って学生にきかれたんですけど、そういえば。
いや、何もしてません。ただ、ここにいるだけ。
でもたぶん、ただここにいるだけ、の存在のなさけなさを、自分にゆるしてやってもいいような気持ちにしてくれるのが、私がパアラランのみんなを好きな、第一の理由かもしれない。
夕方まで、私は病室のソファで寝て過ごした。

レティ先生、パヤタス校に帰る。車椅子でキッチンに。校長室は病室になった。
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ある日。教室では、子どもたちは色の学習をしている。
マリアペレ先生が色水をつくる。赤と青を混ぜたら何色になる? ひとつひとつ混ぜ合わせて、橙色、緑、紫をつくっていって、最後はぜーんぶ混ぜて、黒。

別の日、ルーフ先生は「わたしの気持ち」の学習をしていた。気持ちと気持ちをあらわす言葉(英語とタガログ語の両方)。子どもたち、泣いてみたり怒ってみたり、百面相だった。Cimg1701Cimg1703

 





私が到着した日、抗がん剤のせいでぐったりして、スキンヘッドも痛々しかったジン先生も、すこしずつ体調がもどっていて(「死ぬほどつらい」抗がん剤治療はこのあともしばらくつづくのだが)、声も大きくなってきて、ときどきは教室に出てきていて、すこしほっとする。
そして、ここの先生たちは、どんなにシャイな女の子も、日ごとに、どんどん声がおっきくなる。

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先生たちの指導ノートを見せてもらった。細かい字でびっしり。パアラランは、とてもユニークな幼児教育のスキルをもっているのだが、このノート、だれか翻訳してくれないかな。

放課後、ジン先生とグローリア先生とマリアペレ先生と一緒にパヤタス・カードをつくる。スポンサーさんへのお礼のカードで、絵を貼って、いつもはレティ先生のサインを入れてもらうのだが、サインをしてもらうのは無理なので、かわりに、子どもたちの好きなベリーグッドのスタンプを押した。Cimg1621
ベリーグッド、なんて、よくできました、なんて、子どものころだってあんまり言ってもらえないけど、大人になってからますます言ってもらえないし、でもたまには、大人だってそう言ってもらっていいと思うよね、と思って。

「人々は、みんな困難を抱えている」とジン先生が言った。
治療で死にそうな気分のとき、「ママは闘わなければいけないし、強くならなければいけないよ」と息子たちが、泣いて励ましてくれたのだそうだ。

みんな闘っている。みんなベリーグッドだよ。



帰国の日が近づいてくると、台風が近づいてるよって言う。だからカズミは帰れないよって言う。

いつも言うし、そしてたいていは嘘なのだが、一度だけ、本当に台風が台湾に来て、台北経由の飛行機だったから、帰国できなかったことがあった。

今度も、台風は台湾を目指している。どうだろう。8日は無理だけど、7日は大丈夫な気がする。10日は私の誕生日だから、帰国は11日だよ、とベイビー先生が言う。この次はそうするよ。

7日早朝、5時にジュリアンが来て、5時半出発。平日なので、6時を過ぎると渋滞に巻き込まれるからその前に出ようって。

ベッドのレティ先生の腕に触れると、抱きしめてくれる。とても暖かいレティ先生の腕。いつも、こちらが思っている以上のやさしさを、この人はくれる。私は、この人と一緒に生きたいと20年前に思って、いまも変わらずにそう思っている。

街はもう起きている。小学校や高校の前では、子どもたちがすずなり。朝のクラスは6時からはじまるのだ。 
飛行機は無事に飛んだ。台北空港はさすがに風が強く、台風前夜の混乱で、出発ゲートの変更で端から端まで歩いたが、1時間半遅れで、広島着。パパと息子が迎えに来てくれていた。

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パアララン・パンタオ 2015年8月 ④

今年、パヤタス校の生徒は、午前と午後合わせて72人。

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午前中は5歳児。午後は5歳から11歳。11歳の男児1人と9歳の男児2人は、小学校に入学しなかったり、途中でやめてしまった子どもたち。教育に対して家族の理解がないと、学校に通うのはしばしば困難で、ここの子どもたちにとって、パアラランは幼児教育だけでなく、学び直しの場所としても、とても大事な学校だ。

先生は、マリアペレ先生とグローリア先生、それから新しい先生のルーフ先生。



4日。秋田国際教養大学の3人の学生が来校。パヤタス校で、子どもたちに絵本の読み聞かせをしてくれる。
エリック・カールの「はらぺこあおむし」の絵本。

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卵があおむしになってさなぎになって蝶になる話だが、短いお話のなかで、子どもたちが理解しなければいけないことはたくさんある。蝶の完全変態だけでなく、数字、曜日、見たこともない食べ物の名も。
学生が英語で読むのを、グローリア先生とルーフ先生が、タガログ語で子どもたちに話してくれるのだが、これがなかなか熱演だった。
「あおむしははらぺこでした」すると手があがって、男の子が言う。「ぼくも。ぼくもはらぺこだ」。

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それからあおむしは、たくさん食べて、果物だけでなく、ケーキやソーセージまで食べてさなぎになって蝶々になるが、「どうしてあおむしは、そんなにいいものを食べるんだ?」というのが、子どもたちの感想だった。
・・・すばらしいよ。
エリック・カールは、どう答えてくれるだろう。

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この日泣きながら学校にやってきて、泣いているままでお母さんに置いていかれて、教室にも入らず、ずっとテラスで泣いていた女の子も、途中からドアのところでお話をきき、いつのまにか、みんなのところにもどっていた。

 

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パアララン・パンタオは、この数年、給食がなかったが、今年、パヤタス校は、すこし給食がある。シンガポールのNGOが、近くの事務所で、つくって運んできてくれる。ただすこし残念なのは、もってきてくれる時間が遅いので、午前中のクラスの子たちは食べられないことと、量がすくなくて、午後のクラスの子たちにも足りないこと。
ジン先生が言うには、全部の子どもに十分なだけない。食べ損ねた子どもたちが次の日、私もほしいの、とやってきたりする。足りない生徒たちに、キッチンで、家族の食事を食べさせることもある。
まとまった資金を出してくれて、給食も学校で調理できるようにしてくれたら、どのようにもうまくやるのに、と思うのだが、それぞれのNGOにはそれぞれの都合があるのだろう。
シンガポールのNGOとスイスのNGOは小学校にすすんだ子どもたちへの奨学金を出してくれている。

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子どもたち、ケチャップ大好き。バナナケチャップ。たいていのものはケチャップで食べてしまう。(それでも、茄子の焼いたのは食べられない子が多くて、私たちの晩のおかずになったが)。
ポテト入りの卵焼きは、みんなに1枚ずつないので半分に切って配った。ごはんがなくなるとケチャップのおかわりをする。ライスの上に砕いた菓子をふりかけたり、いろいろ♫

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パアララン・パンタオ 2015年8月 ③

3日。エラプ校に行く。

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今年のエラプ校。午前中は5歳児、午後は5歳から8歳の各4クラスがあって、全部で146人の子どもたちが登録。
先生は5人。ベイビー先生、マリリン先生、リザ先生、アン先生と新しいクリステル先生。

新しいクリステル先生の評判がよい。
彼女は教師の免許をもっている。だからたぶん来年は就職して公立の学校の先生になるから、1年しかいてくれないのだが。



ベイビー先生の次女のチャイリンが来て、一緒にモンタルバンの町に行こうと言う。トライシクルに乗っていく。

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ゴミ山の崩落事故のあと、パヤタスの人たちが移住させられたエラプの町は、原っぱに建物が並んだだけ、なんにもないところだったが、この15年で、人が暮らす町らしくなり、そこから遠くないモンタルバンの街も発展した。
頼まれた学校関連の買い物をして、チャイリンは私を美容院に連れていく。左手首に羽の模様のタトゥがある若い女の子が、髪を切ってくれた。以前福岡で暮らしたことがあるらしく、日本語がすこしできる。日本のチョコレートとカップヌードルはおいしいよねという話をした。50ペソ。150円弱。



エラプ校に戻って、キッチンでベイビー先生たちとお昼ご飯。新しい奨学生のレオも一緒。カレッジの1年生。教職のコース。自分のクラスのない日は、パアラランに来て、アシスタントをしている。ベイビー先生が言うには、彼の母親は野菜の行商をしていて、早朝から働きに行く。だから彼は朝ごはんを食べずに育っている。それでベイビー先生は家族の食事を少し多く用意して、彼に食べさせている。この日もレオは、これが最初の食事。体の小さな少年だ。

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午後のクラス。最初はみんなで、音楽にあわせて体操をする。それからそれぞれのクラスにわかれる。1クラス10数人〜20数人。フィリピンの小学校は1クラス60人もそれ以上もいることを考えると、ここの子どもたちの教育環境はほぼ理想的。小学校にすすんだときドロップアウトしないですむように、自信をもって通いつづけることができるように、しっかり基礎学力をつけてあげたい。

子どもたち、手のかたちをなぞって、色を塗る。実にいろんな形の手。

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それからアルファベットの書き取りは、Uの字。
実にいろんなUがあって、泣きそうな顔の女の子は、上下逆の山型のUを書いていて、これから書き直し。
レオが、ひとりひとりの手をもって、書き取りを手伝ってあげている。私も、左から右でなく、右から左へ書いている男の子の書き取りを直したが、すると、「ほら、あの子もできてないよ」と向かいの席の子を指さす。そうだね、でもあの子じゃなくて、まず君だよ。
不満そうに書いていたが、それでも書き終えて、先生から「ベリーグッド」のスタンプを貰うと、得意そうに笑った。
このベリーグッドスタンプ。子どもたちはノートやプリントではなく、手や顔に押してもらうのが好き。

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子どもたちといると楽しくなる。ひとつひとつ他愛もなく、めんどくさいことなのだが、そのめんどくささに溺れれば溺れるほど、楽しい。
アン先生が子どもたちのプリントを見せてくれる。見てごらん、この子たちの書いたoの字を。なんてたくさんのふしぎな雪だるま。なんてたくさんのふしぎな石ころ。きっとこの楽しさが、薄給にも関わらず、先生たちがここで働いてくれる理由だ。何人かの先生は、ここでの給料が少ないから、ほかの仕事とかけもちである。

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滞在中、おおむねいい天気だったが、雨季なので、毎日、午後の数時間は、激しいスコールがあった。
ふと、風が強くなったなと思ったら、たちまちどしゃぶり。たちまち前の道が川。去年の台風で激しく壊れた屋根と天井は、クラウドファンディングで集まった資金で、既に修理済。ああ、よかったね、きれいになったねって話したばかりだったのだが、なんと、チャイリンが雨漏りを見つける。天井と壁の隙間から水が落ちてくる。修理後、こんなに激しいスコールははじめてらしいのだったが。写真をとって、ジェイに連絡。

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翌日、ジェイがラリーさんと一緒に点検、ラリーさんがすっかり修理した。

☆☆

教師の給料は安すぎる。こんな給料でずっと働いてくれというのは、無理である。
でもパアラランには、いまこれ以上先生の給料をあげる余裕がない。

先生たちひとりひとり、様々な暮らしの困難を抱えている。

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パヤタス校のマリアペレは、4人子どもがいる。そのうえに一緒に暮らす母親や弟妹たちの生活もある。マリアペレにも、カレッジで学び直すことをすすめたが、それよりももっとお金が必要で、いまシンガポールかドバイに出稼ぎに行くことを考えている。パスポートも申請した。
グローリア先生は、息子が大学生になったので、お金がいる。

ジン先生は言ったそうである。
「みんな難しい問題を抱えている。私はこんな病気になった。でも文句は言わないよ。あなたの悩みはお金だけだ。あなたの問題と私のこの病気を交換するか?」
それから、先生たちは給料の不満を言わなくなったそうだ。・・・ジン先生、強い。
でも、先生たちの不満は、ほんとうにもっともだ。
そのほかにも、先生たちのプライベートな問題について、ジン先生がたくさん教えてくれたが、たくさんすぎで、どれがどの先生の話か、私の英語の理解力では把握しきらないのだが。家族の問題、お金の問題、とにかくたくさん。



お金がないので考える。
給料が安いかわりに、若い先生たちに、カレッジで教職のコースを学ばせて、教員免許をとらせたいと考えている。そうすれば、公立の学校で働けるようになる。パアラランで経験を積んでいるから、きっといい先生になる。

エラプ校周辺の子どもたちが通いやすい距離に、公立のカレッジがある。授業料が安い。去年、1人の少年、ロウェルくんに奨学金を出してITコースに復学させたが、今年はさらに2人の少年に奨学金を出すことにした。レオとマイク。ふたりとも教職のコース。クラスのない日は、パアラランに来てアシスタント・ティーチャーをしている。卒業後も、就職するまでの間、たぶん1年ぐらい、パアラランで働いてもらうことにする。そうすれば、若い人たちの進路を応援しながら、少ないお金でも学校を続けていけるだろう。

キッザニアの引率でも、ボランティアの母親たちに混ざって、この少年たちがいた。ロウェルとは去年の10月に会って以来なのだが、表情から、以前の不安なおびえた感じが消えて、自信と誇りがうかがえたのが、すごくうれしかった。ロウェルはITのコースなので、ジェイは、友人の会社で職業訓練させてあげたいと考えている。

そんなふうに学校をつづけていくつもりだ、これからのために、フィリピンや日本、他の国の若い人たちとのネットワークをつくっていきたい、とジェイ。

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パアララン・パンタオ 2015年8月 ②

2日の日曜はフィールドトリップ。

パアラランの子どもたちと先生たちとボランティアの母親たち、奨学生たち、みーんなで、キッザニア(子どもがお仕事体験ができるプレイランド)に行った。

パヤタス校エラプ校2校で貸し切りバス4台。パヤタス校54名、エラプ校68名の子どもたちが参加。本当なら子ども1人1000ペソ(日本円で3000円近い。とても無理)の入場料がかかるところを、パアラランの子どもたちは施設の好意とNGOの尽力で特別に無料♫ バス代はフィリピンの友人たちの寄付。
まず、出発からたいへん。酔い止めの薬と、子どもたちが吐くときのためのビニール袋を用意してっと。酔い止めの薬を飲んだ小さい子の口に、年上の子が水筒をくわえさせて、水を飲ませていくのが、かわいい。

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キッザニアに到着。バスのなかで吐いた子も元気。エスカレーターにはじめて乗る子もいて、ひとつひとつが冒険。


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建物のなかにひとつの町ができていて、子どもたちは、ホテルやペットショップや病院や建設現場で、ユニフォームを来てお仕事体験ができる。お仕事指導してくれるお兄さんお姉さんは、胸でピースサインをする敬礼で迎えてくれる。

ボランティアの母親と数人の子どもたちのグループで館内を移動、自由に楽しんだ。
病院でのお仕事は、赤ちゃん(人形)を布でくるんで寝かせてあげること、なんだけど、女の子はさすが、日頃、弟妹のお世話をしているだけあって、手際がいい。男の子は、おもしろい。なんというか、おもしろい。大人はガラス窓の外から眺めるしかできないのだが、アン先生と大笑いして眺めた。

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ほかにガソリンスタンド。農場。それから食堂ではハンバーガーとジュースのおやつがもらえる。

人気があったのが、ファイヤーマン。サイレンが鳴って消防車で出動(その前に研修もあるんだよ)ホースからは本物の水が出る! それからケーキ屋さん。自分で飾りつけたケーキはお土産にしてお持ち帰り。

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みんなお仕事のユニフォームでつけたヘアキャップが気に入ってずっとかぶっていた。(翌日、クラスにかぶってきた子もいた)。キッザニアでは入場のときに、館内でだけ使えるお金をもらって、お買いものもできるのだが、みんな、忘れていたみたいだ。お仕事体験で使いきらなくて、余ったお金を、ポケットにねじこんでいた男の子たち。
夢のなかにいるような数時間。

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現地で、ジェイコーベンと妻のカティと合流した。このフィールドトリップを毎年つづけたいとジェイは願っている。それはパアラランの子どもたちに夢をもたせたいから。
「パアラランの子どもたちが実際に知っている仕事といえば、スカペンジャー(ゴミ拾い)やトラックの運転手ぐらい。そのほかに知らないから、大きくなったら何になりたいという夢をもつことが難しい。でもこういう体験をして、お医者さんになりたいとか消防士やケーキさんになりたいと夢をもってくれたら、子どもたちの未来が変わると思うんだ」とジェイ。


☆ 


帰りのバスのなかで、子どもたちは寝ている。行きは1時間の道が帰りは2時間過ぎてようやくパヤタスロードの入口、そしてそのまままた動かない。ここでは、どこへ行くのも渋滞で、渋滞に限らず何ごとにつけ、待たなければいけない。まるで生きることそのもののように、待つ。きっと、だから、人々はこんなに忍耐強く、寛容なのだ。
たぶん、忍耐強く、寛容にならなければ、耐えがたい日常だ。
渋滞で動かなくなったバスの窓から散髪屋さんがよく見えた。

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パヤタス校の前にバスが着いたとき、外は異様な気配だった。

学校の前の道で、ひとりの女がわめいている。ブロックの破片を道に叩きつける。ゴミを集めるときの大きな袋の中身、古い布のようだったけど、を道にぶちまける。そうして叫びつづけている姿が尋常じゃない。

急いで子どもたちをテラスのなかに入れ、迎えに来た親たちに引き渡す。親の来ない子は先生たちが送っていく。
「彼女は、もう2時間もわめいているよ」とライジェル。「ドラッグだろう」とジン。「どんな問題があるのか知らないが」。女が叫ぶとまわりの男たちが声をかける、すると女はもっと叫ぶ。ジンがテラスのフェンス越しに男たちにささやく。相手にするな。そうしたら、そのうち静かになるから。女はそれからも叫んでいたが、やがて、しずかになった。

キッザニアの世界との、あまりのギャップ。ほんの数時間前まで、子どもたちは、キッザニアで働く大人たちに、敬礼してもらってほほえみかけてもらっていたのだが。木を植える、赤ちゃんをくるむ、ひとつひとつのたどたどしい動作を、よくできましたって、最大限にほめてもらっていたのだが。
バスを降りて見たものは、そして日頃目にするものは、なんて邪険な現実だろう。


夢のなかにいた。たしかにそうだ。でも、あの夢も、この子どもたちのために用意された現実なのだ。

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パアララン・パンタオ 2015年8月 ①

7月31日。夕方マニラ着。

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迎えに来てくれたジュリアンが「ママ・レティの新しい部屋に行くよ」って言う。「ホスピタル(病院)」。
レティ先生骨折で入院中。

ジュリアンはパアラランの最初の奨学生。いま、レティ先生の末息子のジェイコーベンの会社で働いている。娘のサヴィエンヌは2歳になった。
マニラの渋滞はおそろしい。1時間たっても空港のあたりから車が動いてない。何車線の道なのかわからないし、車もバイクも物売りもたまに自転車もごちゃごちゃに道の上にいて、ああ、マニラだと思って、眠っているうちに車は病院に着いたけど、3時間ぐらいかかったんじゃないかな。



セントルクス病院、408号室。ジェイコーベンと、孫のロレインが迎えてくれる。ロレインはカレッジの2年生。ジェイコーベンの会社で働きながら通っている。
レティ先生、点滴につながれている。
ジェイがノートに経緯と病状をメモしてくれる。骨の写真も見せてくれる。レティ先生、21日に転んで左腕を骨折。それだけではなくて、腰と膝の骨粗しょう症もある。このままでは歩けなくなるので、継続した治療とセラピーが必要。

唇が震えたり、吐いたりもしている。低ナトリウム症ということで点滴治療中。
すこしして、レティ先生の長男のジョジョと、養女のグレースも来る。
家族親族友人みんなが支え合って、レティ先生の介護とパアラランの仕事にあたっている様子だ。
パアラランの経理の仕事は、ぼくがやるから、とジェイコーベンは言った。

夜遅く、パヤタスにたどりつくと、パヤタス校では、レティ先生をサポートしている次女のジン先生が乳癌で抗がん剤治療中。息子ふたり(アチバルとライジェル)と、犬2匹と一緒にパヤタス校で生活している。
レティ先生の次男のボーンも、教室で寝泊まりしている。
レティ先生とジン先生。パアラランでいちばん声の大きいふたりの先生が、ふたりとも病気で、静かでさびしい。マニラの最初の日。



早朝4時。学校の裏の道をゴミのトラックが通っていく音で、目覚める。がんばってもうすこし寝る。Cimg1355

裏の道は崖下を通っていて(学校は崖の上にある)ゴミのトラックをフェンス越しに見おろせる。にぎやかな声が近づいてくるとき、トラックには子どもたちがいる。ゴミ山への14歳未満の子どもの立ち入りは禁止されているので、子どもたち、ゴミのトラックにのぼって、トラックの上でゴミを漁る。 
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道の向こうはそそりたつ山だが、20年前は平たかった。その前は谷だった。ゴミが堆積してできた山は、草におおわれて、知らなければふつうの山だと思うだろう。




運転や大工仕事をしてくれるラリーさんの運転で、ベイビー先生(レティ先生の長女)とアチバル(ジン先生の長男)と一緒に病院に行く。入れ替わりで、ジョジョとグレースとロレインが帰る。

病室で、お昼ごはん。私たちの分は外の店からジェイコーベンが買ってきてくれる。近くにはセブンイレブンもあってコーヒーもある。一緒にコーヒーを買いに行きながら、ジェイコーベンが「今日はママ・レティが食べてくれて、とてもうれしい」と言った。昨日まで食べられなかったり吐いたりしていたのだ。

病室で、ジェイコーベンがまとめている途中のパアラランの1年分の経理のレポートを、眺めながら、あれこれの確認と相談。エラプ校の屋根の修理は完了している。あと電気とパヤタス校の天井修理があるが、急がないので、もうすこし余裕ができたらやりたい。学校の運営がなかなか苦しい。
先生の給料は安すぎる。公立小学校の先生の半分から4分の1程度。教師の確保は問題だ。

カレッジを卒業、中退した若い先生たちに安い給料で働いてもらっているのだが、彼らに教職のコースを受けさせて、教師としてやっていけるようにしてあげたい、と思っている。そして、教職を目指す若者に奨学金を出して、卒業後、就職までの間(たぶん1年ぐらい)パアラランで経験を積むこともかねて、働いてもらうことを考えている。今年、新しく2人の少年に奨学金を出している。ふたりとも教職のコース。
(教師の給料をあげるほどの資金はないのだが、公立のカレッジの奨学金なら、なんとか出せそうなのである)

フィリピン国内でNGO登録をしようとしていて、ジェイコーベンはたくさんの書類と格闘している。これからパアララン・パンタオをつづけていくために。フィリピンと日本、それからほかの国とも、若い世代のネットワークをつくりたい、と思っている。とても心強い。

はじめてパアラランを訪れてから21年が過ぎている。私はあの頃のレティ先生の年齢になったし、その分、レティ先生も年をとった。私と同世代のレティ先生の娘たちも、ジン先生は乳癌だし、ベイビー先生も足と腰に持病を抱えて、痛くて眠れなかったとかいうし、なんていうか、歳月という鳥についばまれている虫のような気持ちに、ふとなるけれど、若い世代の存在が心強いし、心をあかるくしてくれる。

この日から、レティ先生の足のセラピーがはじまる。腰にコルセットをつけて、杖をついて、部屋のなかをすこし歩く。ジェイコーベンの妻の家族やベイビー先生の次女のチャイリン、チャイリンの娘のグローリィも来る。

カズミを散髪に連れていかなければ、とレティ先生が言うのがおかしい。私の髪のことはいいから。
チャイリンが連れてってくれるって言う。

帰ると、パヤタス校の教室は、一週間分の家族の洗濯物が干されている。グレースとライジェルが一日がかりで洗濯した。

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パアララン・パンタオの屋根を直したい! (追記あり)

今年の台風で壊れたパアララン・パンタオの屋根を直したいと思います。
それで、屋根の修理代を、クラウドファンディングのサイトで、寄付を募ることにしました。ふだんは、寄付いただいてもお礼のカードぐらいしか送れませんが、今回は金額によって、素敵なプレゼントがつきます。拡散、ご協力、どうかよろしくお願いします。
https://readyfor.jp/projects/paaralangpantaoImg_1862_3

パアラランのことを知ってもらえるいい機会なので、新着情報もこまめに書いていきたいと思います。ちょくちょく見てもらえるとうれしいです。

新着情報 クリスマス・パーティ / レティ先生 など。

(追記)

ネットでカードを使わない、また認証がうまくいかないなどの方、お手数ですが、下記郵便振替で「屋根修理」と書いて送金ください(すでに送金くださった方ありがとうございます)。
金額自由。引換券相当のお礼いたしたく思いますが、不要の方、また別の希望のある方、その旨お知らせください。

  郵便振替 番号 00110-9-579521 名称 パヤタス・オープンメンバー...

ただし、このreadyforのプロジェクトが成立しない場合も返却はいたしませんので了解ください。プロジェクトの成立不成立に関わらず、なんとか資金を集めて屋根を直さないといけないので、使わせていただきたく思います。

よろしくお願いいたします。

☆☆

(追記)

プロジェクトは成立して、6月、屋根の修理も完了しました。ご支援くださったみなさま、たいへんありがとうございました。

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パアラランのカレンダー

パアラランの子どもたちの絵で、カレンダーつくりました。このあと、年末ぐらいまでに寄付くださった方に、お礼に送ります。A43枚の簡単なものですが、気持ちだけ。 Cimg8662





パアラランへの寄付はこちら
郵便振替 00110-9-579521
名称 パヤタス・オープンメンバー

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