2016年8月 Paaralang ⑥

8月5日。金曜日。

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早朝から、ハルカちゃんとロイダさん(リサイクルグッズの作り手さん)と一緒にエラプ校に行く。
エラプ校の3階では、ときどき近所のお母さんたちが集まって、リサイクルグッズ製作のトレーニングをしている。製作グループをたちあげること、技術指導のこと、たいへんなことも多いだろう。ハルカちゃんのバイタリティに感心する。
留学生で、ハロハロのインターンの雄飛くんが来ていた。いろいろ話ができてよかった。パアラランは22年前から留学生たちが通ってくれて、大学での支援活動もしてくれて、学生たちの活動はほんとにすばらしいんだけど、先輩たちがどんなに活躍したかということが、なかなか伝わっていないのは、残念かも。

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ベイビー先生がいたので、そういえばもうすぐお誕生日ねって言ったら、今年はお誕生日はないのよって言う。生まれて10ヶ月になる孫のPJが、病気で水曜から入院している。だからお金がない。たぶん1週間ぐらい入院する。辞書がないので(読めないので持ち歩くのやめたのだ)はっきり確認できないが、私の理解では、遺伝性の甲状腺に関係する病気みたいだ。

1階と2階の教室ではクラスが始まっている。エラプ校の午前のクラスは8時から。奨学生のデニスは、カレッジの制服で来ている。彼女は水曜日は一日中、ほかの日は、午後がカレッジのクラスがある。月、火、木、金曜の午前中、エラプ校のティーチャーをしている。

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教室では、いろいろ面白いことをしている。まるや三角や四角の紙を貼って、人の形をつくってみたり、光る台紙に色紙を貼ってきらきらする車を作ってみたり。自分の名前を書く練習をしているクラスもある。名前のあとは、瓶の蓋を使って、それを並べて数を数える練習。

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午後、パヤタス校にもどって、パヤタスカード(寄付してくれた人に送る絵のカード)の準備していたら、出かけるよ、ってグレースが言う。どこに? ドライマンゴー買うんでしょ。それからアチバルのところ。

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で、お出かけ。ジープニーに乗って、乗り合いタクシーに乗り換えて、SMノース(大きいショッピングセンター)に行ったらフードコートのディスプレイがなぜか桜の木だった。ドライマンゴー、20個買おうと思ったけど、安くないので15個にする。
それからタクシーで、アチバルが入院している病院へ。
今まで気にとめたこともなかったけど、息子が車が好きなので、ちよっと気にして見てみると、日本車ばっかり走っている。トヨタ、三菱、日産、ホンダ、スズキ。トラックはイスズ、バイクはヤマハ。新しい車も多い。

国軍病院。グレースは入口でIDチェック。お母さんのジンジンもいた。ふたりに会えてなんかほっとした。アチバルは入院して2週間で15キロ痩せたっていうけど、去年と同じなので、もとにもどったということだと思う。軍隊に入ってすごく増えてたんだな。クレアチニンの値が1800とかになっていたらしいんだけど、いまは正常値に戻りつつある。あと2週間で退院して、その後は毎月検査をする。軍の病院なのでお金はいらない。でも、この弱い腎臓で軍隊は無理だから、やめてオフィスの仕事に戻るつもり。まわりの入院患者のおじさんたちはネフローゼらしい。
弟のライジェルは、去年進路に悩んでいたが、あれからロウェルと同じカレッジに進学した。 突然雷雨、それからスコール。それから雲の切れ目から、真っ赤な夕焼けが見えた。

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雨のなか、ジプニーに乘る。雨の夜のジープニーにゆられる。ジープニーは大好き。たまさか乗り合わせた全然知らない人たちが、不思議になつかしい人になっていくような小さな時空。

グレースが、イヤホンを半分くれて、お気に入りのロックバンドの曲を聞かせてくれる。日本のバンドらしい。半分英語、半分日本語の曲が流れる。普通にラブソング。日本語のところを訳せってグレースがいう。そんな難しいことを。えっとね。 街は急ぎ過ぎる。anything happen from now, we don't know...みたいな。これから何おこるかわかんない。でも傍らに君がいて、ぼくたちは朝ごはんを食べる。breakfast.
日本の着物を着てみたいってグレースが言う。やめとこうよ。帯が苦しいよ。高いんでしょう、って言う。でも浴衣ならそんなに高くない。今度もってきてあげる、って私は言ったけど、覚えてるといいんだけど。

ジプニー乗り換えて夜の街を歩いて、着いたのはPJが入院している病院。おばあちゃんのベイビー先生とおばさんのジョイとロレンともうひとり女の子がいた。女ばかり4人姉妹のところに生まれた小さな男の子なので(末っ子のエライジャンの息子)、おばさんたちが夢中になってる。すごいかわいい男の子。熱も下がっていて、点滴の管につながれながらも、元気そう。

去年は、レティ先生が入院していた。あれはロビーにピアノがある大きな病院だった。去年と今年と、私のマニラ観光は病院。全部違う病院。

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グレースとリテックスまで戻ると、歩道橋の上から、市場の灯りと車の灯りが、すごくきれいだった。ディズニーランドみたいだよねえ。市場のパラソルがカラフルで。 夜10時。帰ると、休んでいたレティ先生が起きてくる。テーブルの上にお願いしといたカードのサインは、終わってない。サインしてサイン。たった150枚だから。

8月6日帰国の日。
早朝5時。鶏が起こしてくれる。5時半、ジュリアンが来て、荷物を車に運んでくれる。レティ先生が車椅子で入口まで来て見送ってくれる。

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2016年8月 Paaralang ➄

8月4日木曜日

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パヤタス校は、奨学生のレオ君が来ている。レオ君が書き取りを見ている間、イエン先生は子どもたちの身長と体重を測っている。毎月チェックしている。
レオ君の一週間。月曜日は一日中エラプ校。火曜と水曜は午前エラプ校。午後はカレッジの授業。木曜日は一日パヤタス校。金曜と土曜は一日中カレッジの授業。専門は、初等教育。6人きょうだいで、お父さんは大工、お母さんは野菜の行商をしている。
レオ君は、しじゅう歌を歌っている。なんだかわからないが、楽しくなる。

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お昼ごろ、日本からNPOハロハロのハルカちゃんが来る。パヤタスでも、ジュースパックのリサイクルで、バックやポーチなどをつくっていて、私もバザー用に、仕入れて帰るのだが、そのコーディネートをしてくれる。いろいろと新製品もつくってもらった。

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マニラのタクシーが、とてもマナーがよくなった、という話を聞く。外国人でも乗りやすい。タクシーは危ないから気をつけなきゃと以前は必ず言われたものでしたが。レティ先生と一緒に乘るときさえ、メーターを回していないタクシーを何台も断って、ようやく信頼できそうなのを見つけて乗り込む、というふうだったけど、あれも10数年も前のことか。
新しい大統領の話。迎えに来てくれたとき、道路の看板を指して、あれが新しい大統領だよとジュリアンが教えてくれた。好きかどうかを聞いたら、好きだと言った。日本でニュースで見るぶんには、麻薬犯罪者を射殺させたり、恐怖政治かな、という感じもするほどだったのに、ここではとても評判がいい。以前ダバオ市長で、その実績をみんな知っているからだという。
新しい大統領になって、ドラックの売買をしている連中が殺されるのが怖いから何十万人も自首しているとか、パヤタスでも、ホールドアップ(恐喝事件はよく起こっていた)がなくなってきているという。治安がよくなることと汚職がなくなることを、人々は期待している、ということのようだ。

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学校の行事についてのメモ。
3月末。卒業のパーティ。レコグニション、って言っているから、地域の人たちにパアラランを知ってもらうためのパーティでもある。
そのあと夏休み。夏休みのキャンプは今年はなかった。5月14-15日、先生たちのワークショップ。モンタルバンの景色のいいところで一泊研修。ところが、とても暑かったので、レティ先生が気分が悪くなって、さきにパヤタスに帰る、ということになってしまった。そうしてベッドに寝かせられたところに、以前の留学生の陽子ちゃんがやってきた、数年ぶりのレティ先生の弱った姿にショックを受けた、という、ことの次第だった。陽子ちゃんから、話をきいて、私も心配だったのだ。
6月、新学期。パヤタス校エラプ校あわせて198人の子どもたちが来ている。

給食。後片付け。テーブルを拭くのは、しっかりものの女の子たち。

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帰りの風景。お母さんが迎えに来るまで、テラスで遊んで待っている。(来ないときは先生が連れて帰る)。前の道を通るアイスクリーム屋さん。写真撮ってるうちに行ってしまって、食べられなかったのがすこし残念。

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2016年8月 Paaralang ④

8月3日水曜日。

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朝、学校の前を野菜の行商のおばさんが通る。グローリィ先生が給食のスープの野菜を買いに出る。
それから、学校の前の道を、カンデラリアのお母さんが通る。はじめて来たときから知っているからもう22年来の知り合い。小さかった子どもたちは大きくなって、いまは孫たちがいる。子どもたち元気?孫は何人になったの?って聞いたら、こないだ孫が死んじゃったんだって言う。7人いたのが6人になった。リチャードという男の子が6歳で死んだ。ハート、って言ったから心臓かな。20年前、彼女にはたくさん子どもがいたんだけど、末の2人、2歳の女の子と生まれて数か月の男の子がつづけて死んだことがあった。女の子は心臓が悪かった。そんなことを思い出した。

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秋田から、国際教養大学のV-ACTのメンバー11人がやってくる。



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本当は前日のはずだったが、フライトキャンセルで1日遅れ。ゴミ山の見学は、事前の許可がないと駄目で、許可があれば、トラックの荷台を改装したバスに乗って、ゴミ山の全景を眺めることができる。許可をもらう手続きは面倒で、この時期は雨季で行けないことも多い。
それで、レティ先生が、グローリィ先生が近くを案内するように言ってくれる。グローリィ先生は地元の人なので、よくわかっている。私も一人では行かせてもらえないので便乗する。以前、パアララン・パンタオの旧校舎があったあたりまで、道を降りていった。ゴミが散乱していて、道のはしを流れる水で、拾ったビニール袋を洗っていて、ジャンクショップが並んでいる。

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ゴミの山は大きくて、草も茂っていて、はじめて見る人は、本物の山だと思う。20年前は平地だった。その前は谷だった。

パアラランがあったところは、もうゴミの中に埋もれていて、草が茂っている。その傍らをトラックの通る道ができている。
20年前のこのあたりの様子を説明していると、「生まれる前ですね」って学生が言う。そのころ、この山の下に、集落があった。

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「私の家もここにあったのよ」とグローリィ先生。彼女の末っ子の男の子は、ここにあったころのパアラランの生徒だった。その子は今年カレッジに入学して、トヨタから奨学金をもらっている。
学費がかからないので、とても助かるって言う。私の人生は成功しなかったし、お金はないし、って言うから、きっと息子が成功するよ、って言ったら嬉しそうだった。
「いまのパアラランと、前のパアラランと、どっちが大きい?」とグローリィ。同じくらい、と私。間取りも同じ。お金がないのもね、と言ったら、笑った。

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学生たち、午後のクラスを担当してくれる。手作りの石鹸をもってきてくれていて、お絵かきのあとは、手洗いの学習。「サボーン(石鹸)! サボーン!」と楽しそうだった。先生たちが、バケツとたらいを用意してくれた。帰りにひとつずつ石鹸のお土産。
あの石鹸、使ったらなかから消しゴムが出てくるらしいんだけど、みんなもう気づいたかな。楽しい午後だった。

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ジプニー乗り場に送っていって、学生たち乗り込んだ直後に雨。グローリィ先生とあっちこっちの店先で雨宿りしながら帰ったけど、グローリィ、走るの、はやっ。


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2016年8月 Paaralang ③

8月2日火曜日

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奨学生のダニエルが来ている。ハイスクールの4年生。クラスは月曜と土曜だけなので、ほかの日は、エラプ校とパヤタス校のアシスタント・ティーチャーをしている。ダニエルと弟たちはおばさんの家で暮らしている。両親は別の家庭をもっていて、一緒に暮らしていない。
奨学生たちはみんな、とてもまじめで、きれいな顔をしている。何かとても美しいものに触れたという感じがして、しあわせな気持になる。

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イエンは地球儀を見せて、フィリピンと日本を教えている。日本から学生たちが来るので、挨拶の練習。

グレースが、エクセルで給食の経理をまとめていた。一週間ごとだって。たくさんのレシート。スーパーではなくて市場や行商の人から買うときはレシートがないから、たくさんの手書きのメモ。水代ガス代も。これは煩雑だ。一週間でパヤタス、エラプ両校で5000ペソ余り(15000円ほど)。支援してくれているスイスのグループに提出するため。イエン先生は給食の写真を毎食ごとに写真に撮っている。ごはんと肉と野菜。おかわりもできる。給食調理しているテリーさんとグローリィ先生。

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学校の運営経費は私たちの送金から出しているが、経理のレポートは遅れてもいいかな、とジェイは言った。自分の仕事も忙しいし、現場ではグレースが給食のレシートに埋もれている。私たちのほうは、半年あとでもいいよ。お金がどう使われているかは、ここに来ればわかる。送金額は増えていないのだから、先生たちの給料も増えていないのだ。それでも働きたいと思ってくれる先生たちがいるのが素晴らしいし、奨学生たちもすばらしい。ほんとに少ない予算で、とても上手にやりくりしている。

ここは朗らかだ。いろんなことがあるんだけど。生きることは朗らかであるということなんだと、ここに来ると思う。そしてそれは、何かとても力強いことだ。

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扇風機の羽を買ってきたラリ―さんが、教室の天井の壊れた扇風機の修理を、汗だくになってしていた。見上げていて、天井の一部が、剥がれかけているのに気づいた。台風で壊れたエラプ校の屋根は、去年クラウドファンディングで資金を集めて修理した。こっちも修理したかったんだけど、お金が足りなかった。

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レティ先生に聞くと、テラスの屋根は、オーストラリアから来た訪問者の寄付で修理した。残りの天井と屋根を全部なおすとすると20万ペソかかるって言う。
聞こえなかったことにする。

扇風機の部品が落ちてきて、びっくりして泣き出した子をダニエルがあやしている。
ようやく扇風機がまわりはじめるが、ちょくちょく停電。
「建物もぼくも、古いからなあ」とラリーさん。

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帰国後、「幸せなら手をたたこう」という歌についてのドラマを、録画していたのを見た。戦後14年後にフィリピンを訪れた青年が、ボランティアのために訪れた土地で、「ハポン、パタイ(日本人死ね)」と声をかけられる。住民が教会に詰め込まれて、焼き殺された、というような話は何度か聞いたけど、100万人の犠牲者というのは、途方もない。「幸せなら手をたたこう」が、その青年が、家族を日本軍に殺されたフィリピンの青年や子どもたちと出会ったことから、生まれた歌だということははじめて知った。それから世界中に広まった。

そういえば、支援をはじめた21年前。戦争のときフィリピンに行ったという元兵士のおじいさんから、30万円の寄付をもらった。学校が潰れそうなときだったので、あのときの寄付はほんとうに助かった。あのころは30万円あれば4ヶ月は学校を続けることができた。その4か月の間に、次の手立てを考えることができた。

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「幸せなら手わたたこう」の歌、パアラランでも元気に歌っている。

Kung ikaw ay masaya, tumawa ka! Hahahaha(幸せなら笑おう) Kung ikaw ay masaya, buhay mo ay sisigla(幸せなら態度で示そうよ) Kung ikaw ay masaya, tumawa ka! Hahahaha(幸せなら笑おう)

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2016年8月 Paaralang ②

午前4時を過ぎると、学校の裏の道をゴミのトラックが通る。5時には飼っている鶏が鳴き始める。これがすばらしいアラームで、30分ぐらいは鳴きやまない。つづいて、犬がキャンキャンワンワン吠え始める。ここでは目覚ましいらない。絶対目が覚める。
でも、眠いので、もう一度寝る。
朝、テリーさんが来ている。レティ先生の古い友人。私が滞在する間ずっといてくれて、ごはんつくってくれた。

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今年、パヤタス校は、グローリィ先生とイエン先生。グローリィは近くに住んでいるが、イエンはエラプから通ってくる。去年まで長い間、教えてくれていたマリアペレは、いまはドバイに出稼ぎに行っている。子どもたち育てるのにお金がかかるからって。ジンジン(レティ先生の次女)は、奨学金でカレッジに通って教師の免許をとってはどうかと勧めたんだけど、4人の子がいて、お金が必要なのは、待ったなしだったのだろう。

8月1日月曜日、9時からクラスがはじまる。

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この日グローリィ先生は風邪で休み。テリーさんとイエンが給食の準備をしている間、奨学生のロウェル君がクラスをみている。奨学生たち、自分の授業のないときは、パアラランで先生をしている。
たとえばロウェルの一週間。月曜は1日パヤタス校でアシスタントティーチャー。火曜は午前中大学、午後はエラプ校でティーチャー。水曜は1日エラプ校でティーチャー、木、金、土曜は大学。
ロウェルはすごくしっかりした先生をしている。お父さんが亡くなってカレッジを休学して行商をしていた頃は、不安そうな顔をした少年だったが、いまは表情に自信がある。顔には髭まである。ロウェルのお母さんは、いまパートタイムで、エラプ校で給食をつくっている。あとで会ったけど、お母さんの表情も明るくなっていた。ロウェルは学校で一番の成績らしい(あとでジンジンが教えてくれた)。

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パヤタス校の生徒は、午前(9時から12時)のクラスが23人。4歳から5歳。午後(1時から4時)のクラスが24人。4歳から9歳。9歳の男の子は、3年前に小学校に入学したが、まもなく行かなくなり、そのまま3年が過ぎたが、もう一度小学校に通わせようとお母さんは思って、ここで勉強させることにした。

この日の書き取りは、Bの文字。これがなかなか。あっというまに、ノート1ページをBで埋めて、very good のスタンプをもらっている子もいるが、どうしてもどうしても書けない子もいる。この点からこの点まで、線を引いてごらん、ということから、根気よく教えてゆきますが。

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ひとりの女の子は、何度書いてもどうしてもどうしても、鏡文字になる。自分でも何か違うと気づくらしく、書いたり消したり書いたり消したり、私が見ていた間だけでも15回ほどは書いたり消したりしていたんだけど、私が手をもって一緒に書いたBも、それも気に入らないらしく消したけれども、とうとう自分ひとりで正しいBを書いたときには、自分でもびっくりしたような顔をしていたのが、なんだかとってもかわいらしかった。
それからBではじまる、タガログ語の単語、英語の単語、英語の数の数え方、100まで。それから2の倍数を100まで、5の倍数、10の倍数も100まで。それから100ごとに1000までカウント。
たっぷり2時間は勉強して、それから給食。それからおやつ。

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子どもたち、very good のスタンプを、ノートより腕に押してもらいたがるんだけど、なかには、スタンプの星の数が5つ以上ないと、お父さんからおやつ代の5ペソをもらえない子もいるらしい。(パアラランでは、子どものおやつを、仕入れ値ほどの安い値段で提供している。)

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午後、ボーンが車を出してくれて、レティ先生と一緒にエラプ校へ。エラプ校は、午前4クラス、午後4クラス。責任者はベイビー先生、ほかに、アン先生、クリステル先生、レイレ先生とロシェル先生。
アン先生のクラスは午前17人(4-5歳)午後18人(5-6歳)
ロシェル先生、午前20人(4-5歳)午後19人(6-10歳)
レイレ先生、午前18人(4-5歳)午後18人(5歳)
クリステル先生、午前21人(3-4歳)午後20人(5歳)

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午後のクラス。授業の前にみんなで歌。胸に手をあてて歌うのは国歌。それから歌にあわせてエクソサイズ。それからそれぞれの教室に。

この日は、奨学生のマイクが、アン先生のクラスでアシスタントティーチャーをしていた。アン先生はもう5年くらい教えてくれているのかな。気持ちをあらわす言葉、の授業。マイクは月曜と金曜の午後、それから火曜と木曜は1日中、エラプで教える。月曜と金曜の午前中と、水曜と土曜は1日中大学に行っている。

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2016年8月 Paaralang ①

空港のレートがよくないことはわかっているのだが、他の両替所に行けるかどうかわからないので、空港で替える。100ドル札1枚と1万円札1枚。1万円3600ペソだが、100ドルは4690ペソだった。着いた日、ジェイと学校の経費の相談をした。私たちが1年間に送金できるのは、いつもと同じくらい、2万ドルが精一杯だよと言ったら、バランスで何とかなるよ、と言った。バランス、とはドルのレートがいいということだ。学校の運営が、ぎりぎりの自転車操業であることにかわりはないのだが。

空港には、いつもと同じように、ジュリアンが迎えにきてくれていた。妻と娘のサビエンヌも一緒。サビエンヌは3歳になった。赤ちゃんのとき以来だから、覚えてないよね。
パヤタス校に着くと、レティ先生、次男のボーン、養女のグレース、孫のリンリンとその娘のグローリィと、また別のひ孫のクレアアン、それから末息子のジェイと妻のカティも来ていた。ジェイの誕生日で、ケーキがあった。キャラメル味で美味しい。

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バーベキューも。ビールも。ジェイたち忙しいので、その場で学校の運営費の相談など、さくさくと話しあう。だいたいいつもと同じ。same as usual.いつもと同じ、ということがうれしい。
レティ先生が車椅子ながら、キッチンのいつもと同じ席にいてくれることが、すごくうれしい。去年きたときレティ先生は、ずっと入院していたのだ。

奨学生の資料もあらかじめもらっていたので、それらの確認などもする。
奨学生プロジェクトは始動している。今年、大学生と高校生11人に奨学金を支給、そのかわりに、クラスのない日には、パアラランでボランティアの先生をしてもらう。スイスのグループと、私たち日本からと、ジェイ夫妻、ジェイの会社、などの資金提供だ。ずっとエラプ校で教えてくれていたリザ先生も奨学生のひとり。教員免許をとるためにカレッジに通っている。

ジェイたちは、アチバル(レティ先生の次女のジンジンの長男)が入院しているので、これから病院に行くと言う。なんでもオフィスをやめて軍隊に入ったのだが(アチバルのお父さんは軍人だ)腎臓が悪くなって倒れたんだという。去年はお母さんのジンジンが乳癌で闘病中だった。ジンジンは手術も成功して、いまは元気だよっていう。アチバルの詳しいことがわからなくて心配。
kidnyって言った。その単語には覚えがある。10数年前にたまたまフィリピンで見たニュースのなかに、スラムの人たちが、お金のために臓器売買をしているという映像があった。ここではなくて、もっと海のほうのスラムの話だった。その臓器がkidnyだった。腎臓で間違いない。でも念のため辞書を見ておこうと思って、もっていた辞書をめくったんだけど、字が小さすぎて、読めない。ショックだ。去年は読めたのに。

誕生日、いくつになったのって聞いたら、25歳だよってジェイは言って、15歳サバ読んでるけど、私も同じだよ、気分だけはね、って笑ったけど、ほんとに気分だけだわ。来年からは、拡大鏡ももってこよう。

レティ先生と孫娘のリンリンは、私を美容室に連れていく相談をしている。いつもと同じように。リンリンは安くて上手な店を見つけてくる。

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翌日、エラプ校へ行った帰りに、レティ先生やグレースと一緒に美容室へ。カット50ペソ(150円弱)、今回はマニキュア50ペソ、ペディキュア50ペソも。染めるなら赤よね。一生に二度か三度はかわいいかもしれない私の足の爪。

 


息子のために、ジプニーとトライシクルの写真をせっせと撮った。エラプシティへ行く道、パヤタスロードは、ジプニーとトライシクルがたくさん走っている。学校帰りの子どもたちが鈴なり。

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エラプシティの入口には、ジプニー乗り場とトライシクル乗り場があって、たくさん並んでいる。いい町になったなって思う。16年前、パヤタスのゴミ山が崩落した事故の後に、人々が強制移住させられたときには、なんにもない原っぱのなかに、小さな家だけが並んでいて、こんなところで、どうやって生きていくんだ、って人々は話していた。今は、近くのモンタルバンの街も発展して、すっかり、郊外の住宅地という感じになってきた。

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ありがとうございます。

パアララン・パンタオに今年度最後の送金。
パアラランへのご支援、ほんとうにありがとうございます。おかげさまで、今年度も、学校を続けることができました。ひきつづき、どうかよろしくお願いいたします。

ところで、銀行口座に振り込みがあったのですが、連絡先がわからない方があります。
ここに記してお礼申し上げます。

タマダツカサ様 イトウトモヤ様 タマガワマイ様

たいへんありがとうございます。連絡いただけるとうれしいです。
心あたりの方いらっしゃいましたら、教えてください。

payatas@fureai-ch.ne.jp


パアララン・パンタオへの寄付はこちら
郵便振替 00110-9-579521
名称 パヤタス・オープンメンバー

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パアララン・パンタオ 2015年8月 ➄

パヤタス校周辺の様子。(右上から)Cimg1648

ゴミのトラックの通る道

ジャンクショップ。緑の山は、ゴミ山。

パヤタス校前の道。パンパンガ・ストリート。

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5日、朝、ラリーさんと病院に行く。ジェイコーベンとグレースがいる。
レティ先生のセラピー、それから退院の準備。支払その他でジェイコーベンは病院内を行ったり来たりしている。午後、マリアペレも来る。
セラピーのとき、膝を立ててシーツをかぶせたのが出産Cimg1362の恰好に似ていると言って、今から生まれるよ、とレティ先生が言う。おぎゃあ、と泣いて見せる。ほんとに、笑わせてくれる。
レティ先生、退院しても、体を起こすこと、立つこと歩くこと、すべてに介助が必要な状態が続くだろう。
家族が多いということの幸いを考える。そしてレティ先生の家族の仲のよさは、まったくすてきだ。
20年間、一緒にやってきて、パアララン・パンタオという学校が、この家族の絆を強くしていることも感じる。パアラランがなかったら、ジン先生もベイビー先生も、レティ先生と一緒にパアラランの仕事をすることもなかったろう。そしてもっと、いろんなことが違っていたと思う。Img_1227_2

カズミさん、ここで何してるんですか、って学生にきかれたんですけど、そういえば。
いや、何もしてません。ただ、ここにいるだけ。
でもたぶん、ただここにいるだけ、の存在のなさけなさを、自分にゆるしてやってもいいような気持ちにしてくれるのが、私がパアラランのみんなを好きな、第一の理由かもしれない。
夕方まで、私は病室のソファで寝て過ごした。

レティ先生、パヤタス校に帰る。車椅子でキッチンに。校長室は病室になった。
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ある日。教室では、子どもたちは色の学習をしている。
マリアペレ先生が色水をつくる。赤と青を混ぜたら何色になる? ひとつひとつ混ぜ合わせて、橙色、緑、紫をつくっていって、最後はぜーんぶ混ぜて、黒。

別の日、ルーフ先生は「わたしの気持ち」の学習をしていた。気持ちと気持ちをあらわす言葉(英語とタガログ語の両方)。子どもたち、泣いてみたり怒ってみたり、百面相だった。Cimg1701Cimg1703

 





私が到着した日、抗がん剤のせいでぐったりして、スキンヘッドも痛々しかったジン先生も、すこしずつ体調がもどっていて(「死ぬほどつらい」抗がん剤治療はこのあともしばらくつづくのだが)、声も大きくなってきて、ときどきは教室に出てきていて、すこしほっとする。
そして、ここの先生たちは、どんなにシャイな女の子も、日ごとに、どんどん声がおっきくなる。

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先生たちの指導ノートを見せてもらった。細かい字でびっしり。パアラランは、とてもユニークな幼児教育のスキルをもっているのだが、このノート、だれか翻訳してくれないかな。

放課後、ジン先生とグローリア先生とマリアペレ先生と一緒にパヤタス・カードをつくる。スポンサーさんへのお礼のカードで、絵を貼って、いつもはレティ先生のサインを入れてもらうのだが、サインをしてもらうのは無理なので、かわりに、子どもたちの好きなベリーグッドのスタンプを押した。Cimg1621
ベリーグッド、なんて、よくできました、なんて、子どものころだってあんまり言ってもらえないけど、大人になってからますます言ってもらえないし、でもたまには、大人だってそう言ってもらっていいと思うよね、と思って。

「人々は、みんな困難を抱えている」とジン先生が言った。
治療で死にそうな気分のとき、「ママは闘わなければいけないし、強くならなければいけないよ」と息子たちが、泣いて励ましてくれたのだそうだ。

みんな闘っている。みんなベリーグッドだよ。



帰国の日が近づいてくると、台風が近づいてるよって言う。だからカズミは帰れないよって言う。

いつも言うし、そしてたいていは嘘なのだが、一度だけ、本当に台風が台湾に来て、台北経由の飛行機だったから、帰国できなかったことがあった。

今度も、台風は台湾を目指している。どうだろう。8日は無理だけど、7日は大丈夫な気がする。10日は私の誕生日だから、帰国は11日だよ、とベイビー先生が言う。この次はそうするよ。

7日早朝、5時にジュリアンが来て、5時半出発。平日なので、6時を過ぎると渋滞に巻き込まれるからその前に出ようって。

ベッドのレティ先生の腕に触れると、抱きしめてくれる。とても暖かいレティ先生の腕。いつも、こちらが思っている以上のやさしさを、この人はくれる。私は、この人と一緒に生きたいと20年前に思って、いまも変わらずにそう思っている。

街はもう起きている。小学校や高校の前では、子どもたちがすずなり。朝のクラスは6時からはじまるのだ。 
飛行機は無事に飛んだ。台北空港はさすがに風が強く、台風前夜の混乱で、出発ゲートの変更で端から端まで歩いたが、1時間半遅れで、広島着。パパと息子が迎えに来てくれていた。

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パアララン・パンタオ 2015年8月 ④

今年、パヤタス校の生徒は、午前と午後合わせて72人。

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午前中は5歳児。午後は5歳から11歳。11歳の男児1人と9歳の男児2人は、小学校に入学しなかったり、途中でやめてしまった子どもたち。教育に対して家族の理解がないと、学校に通うのはしばしば困難で、ここの子どもたちにとって、パアラランは幼児教育だけでなく、学び直しの場所としても、とても大事な学校だ。

先生は、マリアペレ先生とグローリア先生、それから新しい先生のルーフ先生。



4日。秋田国際教養大学の3人の学生が来校。パヤタス校で、子どもたちに絵本の読み聞かせをしてくれる。
エリック・カールの「はらぺこあおむし」の絵本。

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卵があおむしになってさなぎになって蝶になる話だが、短いお話のなかで、子どもたちが理解しなければいけないことはたくさんある。蝶の完全変態だけでなく、数字、曜日、見たこともない食べ物の名も。
学生が英語で読むのを、グローリア先生とルーフ先生が、タガログ語で子どもたちに話してくれるのだが、これがなかなか熱演だった。
「あおむしははらぺこでした」すると手があがって、男の子が言う。「ぼくも。ぼくもはらぺこだ」。

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それからあおむしは、たくさん食べて、果物だけでなく、ケーキやソーセージまで食べてさなぎになって蝶々になるが、「どうしてあおむしは、そんなにいいものを食べるんだ?」というのが、子どもたちの感想だった。
・・・すばらしいよ。
エリック・カールは、どう答えてくれるだろう。

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この日泣きながら学校にやってきて、泣いているままでお母さんに置いていかれて、教室にも入らず、ずっとテラスで泣いていた女の子も、途中からドアのところでお話をきき、いつのまにか、みんなのところにもどっていた。

 

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パアララン・パンタオは、この数年、給食がなかったが、今年、パヤタス校は、すこし給食がある。シンガポールのNGOが、近くの事務所で、つくって運んできてくれる。ただすこし残念なのは、もってきてくれる時間が遅いので、午前中のクラスの子たちは食べられないことと、量がすくなくて、午後のクラスの子たちにも足りないこと。
ジン先生が言うには、全部の子どもに十分なだけない。食べ損ねた子どもたちが次の日、私もほしいの、とやってきたりする。足りない生徒たちに、キッチンで、家族の食事を食べさせることもある。
まとまった資金を出してくれて、給食も学校で調理できるようにしてくれたら、どのようにもうまくやるのに、と思うのだが、それぞれのNGOにはそれぞれの都合があるのだろう。
シンガポールのNGOとスイスのNGOは小学校にすすんだ子どもたちへの奨学金を出してくれている。

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子どもたち、ケチャップ大好き。バナナケチャップ。たいていのものはケチャップで食べてしまう。(それでも、茄子の焼いたのは食べられない子が多くて、私たちの晩のおかずになったが)。
ポテト入りの卵焼きは、みんなに1枚ずつないので半分に切って配った。ごはんがなくなるとケチャップのおかわりをする。ライスの上に砕いた菓子をふりかけたり、いろいろ♫

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パアララン・パンタオ 2015年8月 ③

3日。エラプ校に行く。

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今年のエラプ校。午前中は5歳児、午後は5歳から8歳の各4クラスがあって、全部で146人の子どもたちが登録。
先生は5人。ベイビー先生、マリリン先生、リザ先生、アン先生と新しいクリステル先生。

新しいクリステル先生の評判がよい。
彼女は教師の免許をもっている。だからたぶん来年は就職して公立の学校の先生になるから、1年しかいてくれないのだが。



ベイビー先生の次女のチャイリンが来て、一緒にモンタルバンの町に行こうと言う。トライシクルに乗っていく。

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ゴミ山の崩落事故のあと、パヤタスの人たちが移住させられたエラプの町は、原っぱに建物が並んだだけ、なんにもないところだったが、この15年で、人が暮らす町らしくなり、そこから遠くないモンタルバンの街も発展した。
頼まれた学校関連の買い物をして、チャイリンは私を美容院に連れていく。左手首に羽の模様のタトゥがある若い女の子が、髪を切ってくれた。以前福岡で暮らしたことがあるらしく、日本語がすこしできる。日本のチョコレートとカップヌードルはおいしいよねという話をした。50ペソ。150円弱。



エラプ校に戻って、キッチンでベイビー先生たちとお昼ご飯。新しい奨学生のレオも一緒。カレッジの1年生。教職のコース。自分のクラスのない日は、パアラランに来て、アシスタントをしている。ベイビー先生が言うには、彼の母親は野菜の行商をしていて、早朝から働きに行く。だから彼は朝ごはんを食べずに育っている。それでベイビー先生は家族の食事を少し多く用意して、彼に食べさせている。この日もレオは、これが最初の食事。体の小さな少年だ。

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午後のクラス。最初はみんなで、音楽にあわせて体操をする。それからそれぞれのクラスにわかれる。1クラス10数人〜20数人。フィリピンの小学校は1クラス60人もそれ以上もいることを考えると、ここの子どもたちの教育環境はほぼ理想的。小学校にすすんだときドロップアウトしないですむように、自信をもって通いつづけることができるように、しっかり基礎学力をつけてあげたい。

子どもたち、手のかたちをなぞって、色を塗る。実にいろんな形の手。

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それからアルファベットの書き取りは、Uの字。
実にいろんなUがあって、泣きそうな顔の女の子は、上下逆の山型のUを書いていて、これから書き直し。
レオが、ひとりひとりの手をもって、書き取りを手伝ってあげている。私も、左から右でなく、右から左へ書いている男の子の書き取りを直したが、すると、「ほら、あの子もできてないよ」と向かいの席の子を指さす。そうだね、でもあの子じゃなくて、まず君だよ。
不満そうに書いていたが、それでも書き終えて、先生から「ベリーグッド」のスタンプを貰うと、得意そうに笑った。
このベリーグッドスタンプ。子どもたちはノートやプリントではなく、手や顔に押してもらうのが好き。

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子どもたちといると楽しくなる。ひとつひとつ他愛もなく、めんどくさいことなのだが、そのめんどくささに溺れれば溺れるほど、楽しい。
アン先生が子どもたちのプリントを見せてくれる。見てごらん、この子たちの書いたoの字を。なんてたくさんのふしぎな雪だるま。なんてたくさんのふしぎな石ころ。きっとこの楽しさが、薄給にも関わらず、先生たちがここで働いてくれる理由だ。何人かの先生は、ここでの給料が少ないから、ほかの仕事とかけもちである。

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滞在中、おおむねいい天気だったが、雨季なので、毎日、午後の数時間は、激しいスコールがあった。
ふと、風が強くなったなと思ったら、たちまちどしゃぶり。たちまち前の道が川。去年の台風で激しく壊れた屋根と天井は、クラウドファンディングで集まった資金で、既に修理済。ああ、よかったね、きれいになったねって話したばかりだったのだが、なんと、チャイリンが雨漏りを見つける。天井と壁の隙間から水が落ちてくる。修理後、こんなに激しいスコールははじめてらしいのだったが。写真をとって、ジェイに連絡。

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翌日、ジェイがラリーさんと一緒に点検、ラリーさんがすっかり修理した。

☆☆

教師の給料は安すぎる。こんな給料でずっと働いてくれというのは、無理である。
でもパアラランには、いまこれ以上先生の給料をあげる余裕がない。

先生たちひとりひとり、様々な暮らしの困難を抱えている。

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パヤタス校のマリアペレは、4人子どもがいる。そのうえに一緒に暮らす母親や弟妹たちの生活もある。マリアペレにも、カレッジで学び直すことをすすめたが、それよりももっとお金が必要で、いまシンガポールかドバイに出稼ぎに行くことを考えている。パスポートも申請した。
グローリア先生は、息子が大学生になったので、お金がいる。

ジン先生は言ったそうである。
「みんな難しい問題を抱えている。私はこんな病気になった。でも文句は言わないよ。あなたの悩みはお金だけだ。あなたの問題と私のこの病気を交換するか?」
それから、先生たちは給料の不満を言わなくなったそうだ。・・・ジン先生、強い。
でも、先生たちの不満は、ほんとうにもっともだ。
そのほかにも、先生たちのプライベートな問題について、ジン先生がたくさん教えてくれたが、たくさんすぎで、どれがどの先生の話か、私の英語の理解力では把握しきらないのだが。家族の問題、お金の問題、とにかくたくさん。



お金がないので考える。
給料が安いかわりに、若い先生たちに、カレッジで教職のコースを学ばせて、教員免許をとらせたいと考えている。そうすれば、公立の学校で働けるようになる。パアラランで経験を積んでいるから、きっといい先生になる。

エラプ校周辺の子どもたちが通いやすい距離に、公立のカレッジがある。授業料が安い。去年、1人の少年、ロウェルくんに奨学金を出してITコースに復学させたが、今年はさらに2人の少年に奨学金を出すことにした。レオとマイク。ふたりとも教職のコース。クラスのない日は、パアラランに来てアシスタント・ティーチャーをしている。卒業後も、就職するまでの間、たぶん1年ぐらい、パアラランで働いてもらうことにする。そうすれば、若い人たちの進路を応援しながら、少ないお金でも学校を続けていけるだろう。

キッザニアの引率でも、ボランティアの母親たちに混ざって、この少年たちがいた。ロウェルとは去年の10月に会って以来なのだが、表情から、以前の不安なおびえた感じが消えて、自信と誇りがうかがえたのが、すごくうれしかった。ロウェルはITのコースなので、ジェイは、友人の会社で職業訓練させてあげたいと考えている。

そんなふうに学校をつづけていくつもりだ、これからのために、フィリピンや日本、他の国の若い人たちとのネットワークをつくっていきたい、とジェイ。

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パアララン・パンタオ 2015年8月 ②

2日の日曜はフィールドトリップ。

パアラランの子どもたちと先生たちとボランティアの母親たち、奨学生たち、みーんなで、キッザニア(子どもがお仕事体験ができるプレイランド)に行った。

パヤタス校エラプ校2校で貸し切りバス4台。パヤタス校54名、エラプ校68名の子どもたちが参加。本当なら子ども1人1000ペソ(日本円で3000円近い。とても無理)の入場料がかかるところを、パアラランの子どもたちは施設の好意とNGOの尽力で特別に無料♫ バス代はフィリピンの友人たちの寄付。
まず、出発からたいへん。酔い止めの薬と、子どもたちが吐くときのためのビニール袋を用意してっと。酔い止めの薬を飲んだ小さい子の口に、年上の子が水筒をくわえさせて、水を飲ませていくのが、かわいい。

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キッザニアに到着。バスのなかで吐いた子も元気。エスカレーターにはじめて乗る子もいて、ひとつひとつが冒険。


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建物のなかにひとつの町ができていて、子どもたちは、ホテルやペットショップや病院や建設現場で、ユニフォームを来てお仕事体験ができる。お仕事指導してくれるお兄さんお姉さんは、胸でピースサインをする敬礼で迎えてくれる。

ボランティアの母親と数人の子どもたちのグループで館内を移動、自由に楽しんだ。
病院でのお仕事は、赤ちゃん(人形)を布でくるんで寝かせてあげること、なんだけど、女の子はさすが、日頃、弟妹のお世話をしているだけあって、手際がいい。男の子は、おもしろい。なんというか、おもしろい。大人はガラス窓の外から眺めるしかできないのだが、アン先生と大笑いして眺めた。

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ほかにガソリンスタンド。農場。それから食堂ではハンバーガーとジュースのおやつがもらえる。

人気があったのが、ファイヤーマン。サイレンが鳴って消防車で出動(その前に研修もあるんだよ)ホースからは本物の水が出る! それからケーキ屋さん。自分で飾りつけたケーキはお土産にしてお持ち帰り。

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みんなお仕事のユニフォームでつけたヘアキャップが気に入ってずっとかぶっていた。(翌日、クラスにかぶってきた子もいた)。キッザニアでは入場のときに、館内でだけ使えるお金をもらって、お買いものもできるのだが、みんな、忘れていたみたいだ。お仕事体験で使いきらなくて、余ったお金を、ポケットにねじこんでいた男の子たち。
夢のなかにいるような数時間。

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現地で、ジェイコーベンと妻のカティと合流した。このフィールドトリップを毎年つづけたいとジェイは願っている。それはパアラランの子どもたちに夢をもたせたいから。
「パアラランの子どもたちが実際に知っている仕事といえば、スカペンジャー(ゴミ拾い)やトラックの運転手ぐらい。そのほかに知らないから、大きくなったら何になりたいという夢をもつことが難しい。でもこういう体験をして、お医者さんになりたいとか消防士やケーキさんになりたいと夢をもってくれたら、子どもたちの未来が変わると思うんだ」とジェイ。


☆ 


帰りのバスのなかで、子どもたちは寝ている。行きは1時間の道が帰りは2時間過ぎてようやくパヤタスロードの入口、そしてそのまままた動かない。ここでは、どこへ行くのも渋滞で、渋滞に限らず何ごとにつけ、待たなければいけない。まるで生きることそのもののように、待つ。きっと、だから、人々はこんなに忍耐強く、寛容なのだ。
たぶん、忍耐強く、寛容にならなければ、耐えがたい日常だ。
渋滞で動かなくなったバスの窓から散髪屋さんがよく見えた。

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パヤタス校の前にバスが着いたとき、外は異様な気配だった。

学校の前の道で、ひとりの女がわめいている。ブロックの破片を道に叩きつける。ゴミを集めるときの大きな袋の中身、古い布のようだったけど、を道にぶちまける。そうして叫びつづけている姿が尋常じゃない。

急いで子どもたちをテラスのなかに入れ、迎えに来た親たちに引き渡す。親の来ない子は先生たちが送っていく。
「彼女は、もう2時間もわめいているよ」とライジェル。「ドラッグだろう」とジン。「どんな問題があるのか知らないが」。女が叫ぶとまわりの男たちが声をかける、すると女はもっと叫ぶ。ジンがテラスのフェンス越しに男たちにささやく。相手にするな。そうしたら、そのうち静かになるから。女はそれからも叫んでいたが、やがて、しずかになった。

キッザニアの世界との、あまりのギャップ。ほんの数時間前まで、子どもたちは、キッザニアで働く大人たちに、敬礼してもらってほほえみかけてもらっていたのだが。木を植える、赤ちゃんをくるむ、ひとつひとつのたどたどしい動作を、よくできましたって、最大限にほめてもらっていたのだが。
バスを降りて見たものは、そして日頃目にするものは、なんて邪険な現実だろう。


夢のなかにいた。たしかにそうだ。でも、あの夢も、この子どもたちのために用意された現実なのだ。

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パアララン・パンタオ 2015年8月 ①

7月31日。夕方マニラ着。

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迎えに来てくれたジュリアンが「ママ・レティの新しい部屋に行くよ」って言う。「ホスピタル(病院)」。
レティ先生骨折で入院中。

ジュリアンはパアラランの最初の奨学生。いま、レティ先生の末息子のジェイコーベンの会社で働いている。娘のサヴィエンヌは2歳になった。
マニラの渋滞はおそろしい。1時間たっても空港のあたりから車が動いてない。何車線の道なのかわからないし、車もバイクも物売りもたまに自転車もごちゃごちゃに道の上にいて、ああ、マニラだと思って、眠っているうちに車は病院に着いたけど、3時間ぐらいかかったんじゃないかな。



セントルクス病院、408号室。ジェイコーベンと、孫のロレインが迎えてくれる。ロレインはカレッジの2年生。ジェイコーベンの会社で働きながら通っている。
レティ先生、点滴につながれている。
ジェイがノートに経緯と病状をメモしてくれる。骨の写真も見せてくれる。レティ先生、21日に転んで左腕を骨折。それだけではなくて、腰と膝の骨粗しょう症もある。このままでは歩けなくなるので、継続した治療とセラピーが必要。

唇が震えたり、吐いたりもしている。低ナトリウム症ということで点滴治療中。
すこしして、レティ先生の長男のジョジョと、養女のグレースも来る。
家族親族友人みんなが支え合って、レティ先生の介護とパアラランの仕事にあたっている様子だ。
パアラランの経理の仕事は、ぼくがやるから、とジェイコーベンは言った。

夜遅く、パヤタスにたどりつくと、パヤタス校では、レティ先生をサポートしている次女のジン先生が乳癌で抗がん剤治療中。息子ふたり(アチバルとライジェル)と、犬2匹と一緒にパヤタス校で生活している。
レティ先生の次男のボーンも、教室で寝泊まりしている。
レティ先生とジン先生。パアラランでいちばん声の大きいふたりの先生が、ふたりとも病気で、静かでさびしい。マニラの最初の日。



早朝4時。学校の裏の道をゴミのトラックが通っていく音で、目覚める。がんばってもうすこし寝る。Cimg1355

裏の道は崖下を通っていて(学校は崖の上にある)ゴミのトラックをフェンス越しに見おろせる。にぎやかな声が近づいてくるとき、トラックには子どもたちがいる。ゴミ山への14歳未満の子どもの立ち入りは禁止されているので、子どもたち、ゴミのトラックにのぼって、トラックの上でゴミを漁る。 
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道の向こうはそそりたつ山だが、20年前は平たかった。その前は谷だった。ゴミが堆積してできた山は、草におおわれて、知らなければふつうの山だと思うだろう。




運転や大工仕事をしてくれるラリーさんの運転で、ベイビー先生(レティ先生の長女)とアチバル(ジン先生の長男)と一緒に病院に行く。入れ替わりで、ジョジョとグレースとロレインが帰る。

病室で、お昼ごはん。私たちの分は外の店からジェイコーベンが買ってきてくれる。近くにはセブンイレブンもあってコーヒーもある。一緒にコーヒーを買いに行きながら、ジェイコーベンが「今日はママ・レティが食べてくれて、とてもうれしい」と言った。昨日まで食べられなかったり吐いたりしていたのだ。

病室で、ジェイコーベンがまとめている途中のパアラランの1年分の経理のレポートを、眺めながら、あれこれの確認と相談。エラプ校の屋根の修理は完了している。あと電気とパヤタス校の天井修理があるが、急がないので、もうすこし余裕ができたらやりたい。学校の運営がなかなか苦しい。
先生の給料は安すぎる。公立小学校の先生の半分から4分の1程度。教師の確保は問題だ。

カレッジを卒業、中退した若い先生たちに安い給料で働いてもらっているのだが、彼らに教職のコースを受けさせて、教師としてやっていけるようにしてあげたい、と思っている。そして、教職を目指す若者に奨学金を出して、卒業後、就職までの間(たぶん1年ぐらい)パアラランで経験を積むこともかねて、働いてもらうことを考えている。今年、新しく2人の少年に奨学金を出している。ふたりとも教職のコース。
(教師の給料をあげるほどの資金はないのだが、公立のカレッジの奨学金なら、なんとか出せそうなのである)

フィリピン国内でNGO登録をしようとしていて、ジェイコーベンはたくさんの書類と格闘している。これからパアララン・パンタオをつづけていくために。フィリピンと日本、それからほかの国とも、若い世代のネットワークをつくりたい、と思っている。とても心強い。

はじめてパアラランを訪れてから21年が過ぎている。私はあの頃のレティ先生の年齢になったし、その分、レティ先生も年をとった。私と同世代のレティ先生の娘たちも、ジン先生は乳癌だし、ベイビー先生も足と腰に持病を抱えて、痛くて眠れなかったとかいうし、なんていうか、歳月という鳥についばまれている虫のような気持ちに、ふとなるけれど、若い世代の存在が心強いし、心をあかるくしてくれる。

この日から、レティ先生の足のセラピーがはじまる。腰にコルセットをつけて、杖をついて、部屋のなかをすこし歩く。ジェイコーベンの妻の家族やベイビー先生の次女のチャイリン、チャイリンの娘のグローリィも来る。

カズミを散髪に連れていかなければ、とレティ先生が言うのがおかしい。私の髪のことはいいから。
チャイリンが連れてってくれるって言う。

帰ると、パヤタス校の教室は、一週間分の家族の洗濯物が干されている。グレースとライジェルが一日がかりで洗濯した。

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パアララン・パンタオの屋根を直したい! (追記あり)

今年の台風で壊れたパアララン・パンタオの屋根を直したいと思います。
それで、屋根の修理代を、クラウドファンディングのサイトで、寄付を募ることにしました。ふだんは、寄付いただいてもお礼のカードぐらいしか送れませんが、今回は金額によって、素敵なプレゼントがつきます。拡散、ご協力、どうかよろしくお願いします。
https://readyfor.jp/projects/paaralangpantaoImg_1862_3

パアラランのことを知ってもらえるいい機会なので、新着情報もこまめに書いていきたいと思います。ちょくちょく見てもらえるとうれしいです。

新着情報 クリスマス・パーティ / レティ先生 など。

(追記)

ネットでカードを使わない、また認証がうまくいかないなどの方、お手数ですが、下記郵便振替で「屋根修理」と書いて送金ください(すでに送金くださった方ありがとうございます)。
金額自由。引換券相当のお礼いたしたく思いますが、不要の方、また別の希望のある方、その旨お知らせください。

  郵便振替 番号 00110-9-579521 名称 パヤタス・オープンメンバー...

ただし、このreadyforのプロジェクトが成立しない場合も返却はいたしませんので了解ください。プロジェクトの成立不成立に関わらず、なんとか資金を集めて屋根を直さないといけないので、使わせていただきたく思います。

よろしくお願いいたします。

☆☆

(追記)

プロジェクトは成立して、6月、屋根の修理も完了しました。ご支援くださったみなさま、たいへんありがとうございました。

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パアラランのカレンダー

パアラランの子どもたちの絵で、カレンダーつくりました。このあと、年末ぐらいまでに寄付くださった方に、お礼に送ります。A43枚の簡単なものですが、気持ちだけ。 Cimg8662





パアラランへの寄付はこちら
郵便振替 00110-9-579521
名称 パヤタス・オープンメンバー

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パアララン・パンタオ 2014年10月 ⑥

10月31日金曜日。
ハロウィン。それから万聖節前日。クラスもないのでのんびりしている。
ゴミのトラックだけは、朝4時から夜10時過ぎどうかすると11時まで、休みなくくる。Cimg8417





留学生たちがやってくる。月曜とはまた別の3人。ひとりはコリアンの女の子。
パアラランの歴史と現在の状況について、ざっと話する。
それで学生たち、大学内に、パアララン・パンタオと交流支援するクラブをつくりたい、と考えているって言う。
顧問の先生もいるちゃんとしたクラブだって。
それはとてもすてきな話だ。

昔、学生たちはこっそりやってきた。マニラにいる日本人の大人から、パヤタスなんてそんなあぶないところに行ってはいけない、と心配され、日本の大学関係者からも心配されて、語学研修でマニラに来るときも、いや、パヤタスには行かないから、と言ってこっそり来てる、とか。
それがいつのまにか教官引率で来るようになり、現地の大学にクラブまでつくるっていう。
聞くと、フィリピンに留学する学生たちの、ボランティアへの意識は高くて、クラスのない日はいろんなNGOで活動している。

ひとりの学生は2年前に一度来たことがあって、そのとき、ジープに乗ってダンプサイトにものぼった。(外国人の立ち入りは禁止だが、あらかじめ申請しておくと、ジープにのせてビューポイントまで連れていってくれる。)山の上から、この学校の屋根を見たとき、希望を感じた、という。

20年前、私も同じことを思った。
場所もたぶん同じだ。今は山の上だけど、そのころは平地で、ちょうどいまビューポイントになってるようなところを歩きながら、パアラランは、この学校は希望だと思った。
「希望」という言葉に、ふいに生々しく、心が触れた感じだった。
そしてたぶん、私は希望がほしかった。

希望。パガサ、っていうのだ。 Cimg8569_2




昔、お金がなくて先生が雇えなかったときに、留学生が授業をしてくれたこともあった。近くにいて足を運んでくれる若い人たちがいるというのは、それだけで、とても心強い。楽しんで関わってくれるといいと思う。

学生たちはクリスマス・パーティで踊るよ、とレティ先生には言っといた。

去年と一昨年、留学していた学生たち、帰国後の大学祭で、パアラランのTシャツとかリサイクルバッグとか売って、売上を寄付してくれましたが、
思えば20年前から、パアラランがとてもしんどいとき、どこからともなく、若い人たちが湧いてきて、助けてくれるのが、本当に不思議だ。 Cimg8570



よろしくお願いします。

夜、教室でラリーさんは靴の修繕をしている。それをグローリィ(ベイビー先生の孫娘)が眺めている。ジュリアンがやってきて、「アテ・カズミ、明日は朝5時半に出るからね」って言う。
帰国前夜なのだ。

ラリーさんとジュリアンと教室で飲む。テレビのニュースは、万聖節前夜の街の様子を伝えている。車の渋滞。人でごった返すターミナル。
「明日はオールセイントデイだから、今ごろカイルが帰ってきてるよ」ってジュリアンが言う。見えないカイルを抱っこして、ふたりで交代で頭をなでてやる。
カイルが亡くなる8か月前に生まれた妹のサヴィエンヌは1歳4か月になった。カイルは寝たきりの静かな子だったが、妹のほうは、よく喋るし、動くし、全然じっとしてない。やんちゃな女の子だっていう。

「本を書いてくれてありがとう」って言う。
「あの写真のころ、パアラランの仕事をしながら大学に通っていた頃のことは、よく覚えている。大学に行くことができるなんて、ぼくはなんてラッキーボーイなんだろうって思っていた。ぼくはいまもとても幸せだ。カイルは亡くなったけど、ぼくは息子と娘をもつことができたし、とても感謝してる。ありがとう」
って言う。あー、奨学金を出すことを決めたのはレティ先生だし、寄付してくれたのはスポンサーさんたちだし、私何もしてないですけどね、

「ありがとうは私も言いたいのよ。おかげで私はフィリピンに家族ができた。レティ先生に健康で長生きしてほしいって祈ってる。」
「ぼくもだ。ほんとうに、ほんとうに大切な人だよ」

ジンジンの息子のアチバルがやってくる。プレゼントがあるよっていう。
毛糸の帽子をくれる。私のと夫のと息子の分。
なんか笑ってしまった。雨の日にエラプ校に行ったとき、ベイビー先生がかぶっていて、私がそれをふざけてかぶって、日本はこれから寒いから、こういうのをかぶるよ、って言ったんだけど、それでアチバルに連絡が行って、仕事帰りにマーケットに行って、お土産に買ってこいって話になったんだ、きっと。
ハズバンドに土産は買ったかって、レティ先生にきかれました、そういえば。買ってない、っていうか、もうお金ないし。

ありがとう。

テリーさんは、教室にゴザをしいて、その上でシーツにくるまって寝る。
ラリーさんは、教室の机を並べてベッドにして、子どもらのノートを重ねて枕にして寝る。
アチバルと交代で自宅に帰っていったジンジンは、数日、教室にゴザを敷いて、薄いマットレス敷いて、テント型の蚊帳を張って寝ていた。
アチバルはダンボールを敷いて寝床をつくっていた。それぞれ自由なスタイルだ。

夜、ふと台所に出ると、アチバルがまだ起きていて、テーブルにバナナの葉にのせたライスケーキがある。マジョリーの娘のジェシカがもってきてくれたらしい。ジェシカ、もう二十歳ぐらいになるのかな。会いたかったな。
明日の万聖節のお祝いのケーキ。
アチバルとふたりでこっそり食べる。甘くてお餅っぽい。 Cimg8582




夜10時過ぎても、ゴミのトラックも通るし、表の道で、少年たちがバスケットしている音もしている。

深夜に帰ってきたグレースは、レティ先生に言われて経理のレポートのミスを直し、朝5時に起こされて、それからプリンター動かして書類を印刷している。この2日ほど、書類仕上げるのに、グレースは強烈に寝不足ではないだろうか。
レティ先生は、スポンサーさんへのお礼の手紙を書き(これまで何通も書いてもらっていたが、レティ先生の負担も大きいので、1通だけ書いてもらって、翻訳コピーすることにした)、私は書類の類をリュックに入れて、
テリーさんがパンをあっためてくれて、それを食べて、ばたばたと準備する。 Cimg8583




ジュリアンとラリーさんとアチバルが、空港に送ってくれる。
このあと、みんなは、万聖節の料理をもってお墓に行くのだろう。
ありがとう。カイルに、よろしくね。

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パアララン・パンタオ 2014年10月 ➄

10月30日木曜日。
朝、眠くて起きれない。夜中にキャビネットの上のネズミと目があったせいだと思う。ダガー、っていうのだ。タガログ語でネズミ。
天井のやもりが鳴くのはかわいいが、ネズミどうしていいかわかんない。見えないところにいてくれればいいんだけど、寝てる間に齧られたらどうしようかと。
「悪さはしないよ」とここの人たちは平然としている。ときどきごきぶりホイホイにひっかかってるけど。Cimg8492





起きると、午前のクラスはそろそろ終わる頃だった。「明日はクラスは休みだからね」ってレティ先生が言ってる。
土曜日が万聖節(オールセイントデイ)で、みんなお墓参りに行く。前日から田舎に帰る家族も多いので、クラスもあらかじめ休み。
マリアペレ先生、パヤタスカードをつくっている。子どもたちの絵を、色画用紙のカードに貼っていく。これにレティ先生のサインを入れて、領収書代り、寄付下さった方に送るのだ。子どもらの絵、おもしろい。ツインの太陽があった。どこかちがうプラネットだよねえ。 Cimg8491




レイナルドからペレに電話があって、いま、バランガイセンターにいるって言う。じゃあ行こうか。
レイナルドにも見せなきゃ、本。
ペレと一緒にバランガイセンターまで歩く。ここがいまのレイナルドの職場。レイナルドはパアラランの最初の奨学生だった。
何年ぶりかな。こないだ会ったときに、奥さんのお腹のなかだった3番目の子が2歳だというから、それくらいぶり。
本を1ページずつめくって、写真を見ていく。この子はうちの近所の子で、もう結婚してお母さんになったよ、とかそんな話をする。
「私は、2種類の写真をもっていて、ひとつはここにのせたやつ。まだ太ってないよね。もうひとつは最近の。太ったやつ。ビフォーアフターのビフォーの方にしましたよ」
それはグッドチョイスだ、と笑う。
それからマジョリーのお店に寄って、久しぶりね、元気? みたいな挨拶をする。
マジョリーの店の横に小さなゲームセンターができている。
歩いたら、少しの距離なのに暑くて疲れた。

朝出かけた、ジンジンとラリーさんが、飲料水のタンクとか、鉄パイプとか、いろいろ大きな買い物をして帰ってくる。
午後のクラスに弟を連れてきたお兄ちゃんが、なぜか泣きべそをかいている弟を、弟が教室に入ってからも、門の外から、心配そうにしばらく見つめていた。Cimg8533


ごはんのあと、レティ先生とペレとペレの末っ子の3歳のアヤちゃんと出かける。
レティ先生は、また銀行に行かなければいけないっていう。マーケットで換金してもらえなかったドル紙幣があって、それをもう一度銀行で換金する。その他いろいろな用事。
途中でレティ先生たちと別れて、私は留学生につきあってもらって、マニラに行く。LRTとかMRT、マニラのライトレールに乗る。混んでるのに、必ず目の前の人が席をゆずってくれてうれしい。私若くないので、喜んですわる。
カリエドのあたり、イントラムロスやキアポも近いのだろう、スペイン統治時代の面影もある、オールドマニラ。物乞いの子や路上で寝ているおじいさんや、汚れた川の強烈な臭いと、立派な建物とが、交互に目にはいる。 Cimg8556



駅の階段で、物乞いしていた女の人は、小さい子ふたり連れていた。とても久しぶりにマニラの雑踏を歩いた。
夕方、レティ先生たちと合流して帰る。

帰ると、エラプ校の先生たちが来ている。うれしい給料日。レティ先生がお金をもって帰るのをみんな待っていた。
ロウェル君も、学校への支払いの領収書もってやってきていた。
レティ先生とベイビー先生が給料の計算している間、あれこれおしゃべり、「アナリザは来年、教員の試験を受けるよ」とか、「マリリンも来年受けるよ。彼女は落ちたら坊主にするんだよ」とか、とか。 Cimg8563




夜中に帰ってきたグレースは、そのまま朝まで、経理のレポートをタイプしている気配だった。
翌日、それを見ながら、レティ先生が説明してくれる。1年分の先生の給料、水代電気代、備品その他。学校の運営状況について。

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パアララン・パンタオ 2014年10月 ④

10月29日水曜日。
朝、ラリーさんが来る。運転手でも大工仕事でも、なんでもしてくれる友人。
ジンジンも来て、私とグレースとジンジンで、ラリーさんの運転で、雨のなかお出かけ。
最初に、バザーで売るためのコーヒーを買いに行く。ジョイ(ベイビー先生の長女)が用意してくれるっていうが、思ったより高いので、予算もないから数量を減らしてお願いしておいたのをオフィスまで取りにゆく。
オフィスに着いて理解した。ジョイの職場は、ヒューマン・ネイチャーというブランドのお店で、石鹸や化粧品など自然志向のブランド品を扱っているのでした。だから出してくれたのはブランド品のコーヒー。高級品なんだよ。それで、フィリピンコーヒーはすごくおいしいと私は思う。
はじめて会ったとき、ジョイは8歳のやせっぽちの女の子だった。パアラランの奨学金で、ハイスクールとカレッジに通った。
オフィスに行くと、「いま会議中」とかでしばらく待って、何年ぶりに会ったのかな、出てきたジョイはきれいなお姉さんで、なんか立派なオフィスレディになっていた。 Cimg8499



コーヒー、ジョイが従業員価格にしてくれて、1000ペソも安くなる。たいへんうれしい。

それからSM(ショッピングセンター)に行く。ここでは、やはりバザーで売るためのドライマンゴーを買う。それから息子の誕生日プレゼントのジープニーのミニカーと靴を買う。
フードコートでお昼ご飯。緑色のごはんははじめて見た。野菜の色で染めるのらしい。

それからパヤタスに戻った。
雨なので、クラスに来る生徒は少ないみたい。

ひとやすみして、レティ先生とジンジンと一緒にエラプ校にゆく。ちょうどおやつの時間で、ロウェル君(17歳)が、行商に来ていた。3階で子どもたちにゼリーを売っていた。小さなカップに入った緑色のゼリーにコンデンスミルクのうすいやつをかけたのが、1個3ペソ。氷を入れた発泡スチロールの箱に入れたのを肩から下げて売り歩いてる。おいしかったです。Cimg8508




レティ先生、階下に降りてきたロウェル君と、11月からの復学の話をする。
ロウェル君の上着の、胸元のピンクのハート(黄)の模様が異様にかわいいのだが、よく見ると、その上着、骸骨模様なんだね。骸骨の胸のあたりにハート(黄)がある。
ロウェル君、お母さんを呼んでくる、と言って、ものすごい勢いで、教室を飛び出して行った。 Cimg8516




下校時間が来て、クラスの子どもたち、迎えに来たお母さんと一緒に帰っていく。

それから30分くらい待ったのかな、ロウェル君が、お母さんと8歳くらいの弟とやってきた。弟は、ハロウィンの衣装らしく、黄色いインド風の服を着て、胸に「ミスター、パキスタン」のリボンを斜め掛けしている。
レティ先生が、お母さんに、半年分の授業料とさしあたり必要な交通費と文具代を渡す。明日お金をカレッジに払って、11月3日から復学する。専攻はコンピューター。

別れるとき、グッドラックって言ったら、ロウェル君「グッドハロウィン」って言った。うん、きみを大学に復学させるのは、ハロウィンのたくらみとしては、とても楽しいんじゃないかな。

それからレティ先生はたくらんでいた。
エラプ校の帰りに、ここに寄るから、と車を降りて、入ったところはヘアーサロンだった。
とても大きな体のお姉さんがひとりいて、ほんとはお兄さんなんだけど、ほら、ここにすわって、とすわらされて、どんなふうにする?って、ああ、どんなのでも。
手際よく切ってくれる。後ろでレティ先生とジンジンが、ああだこうだと私の髪の話をお姉さんにしている。彼女は、こうやって頭の上でたばねて、自分でパッツンパッツン切ってるんだよ。ブラッシングしてるのは見たことがないよ。……みたいな。
すばらしく短い時間ですばらしく頭が軽くなった。つづいてレティ先生とジンジンが髪切ってもらう。
私はたくさん髪きったから50ペソ(125円)、レティ先生とジンジンは40ペソ(100円)。これくらい安ければ、私だって美容院に行ってもいいと思うけど。
お姉さん、また来年、よろしくね。 Cimg8526




夜、テリーさんとジンジンと、ペレとグローリィと、レティ先生と、みんなでキッチンでご飯の用意しながら、おしゃべりしている。タガログ語はわかんないんだけど、この空間はとてもあたたかくていい。
近所の人が、娘の誕生日だから、とケーキとパンシットのおすそわけをもってくる。

トニ・モリスンの小説には、女たちのお喋りの場面が、ときどき、差別や暴力や、いろんな不条理に満ちた世の中にあって、救いのようにあらわれてくるんだけど、たぶん、そういう場面に私は居合わせているんだろうと思う。


やってくる誰彼が、ビールとかバロットとか(私に)、ビスケットとかグミとか(私の息子に)差し入れてくれる。レティ先生は、スパムの缶詰3つも出してくれる。重いからやだって言ったのに、大丈夫、重くないって。……重いよ。

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パアララン・パンタオ 2014年10月 ③

10月28日火曜日。
朝、ジュリアンの運転で、レティ先生と一緒に出かける。
まず銀行へ。先生たちの給料(半月分)と電気代を払わなきゃ。
銀行でドルを引き出して、でもそこではペソに換えない。マーケットのなかの両替所のほうがレートがいいので、そっちで換金する。一ドル44ペソぐらい。
私も換金するが、1万円が4130ペソにしかならない。しょんぼり。(そして翌日翌々日とさらに円安はすすんだ)

マーケットでお昼ご飯してエラプ校へ行く。
途中の道で、ダンプサイト(ゴミの山)が見える。まわりの本物の山に負けないくらい、立派な山になった。20年前、そこはまだ平べったかった。30年前は谷だった。Cimg8445





それからまた途中に墓所がある。広い丘で、レティ先生の親族の墓もある。
「ぼくの息子があそこで眠っているよ」とジュリアン。
息子のカイル君はこの2月に4歳で亡くなった。
オールセイントデイ(万聖節)にはみんなでここに来るのだろう。11月1日。
息子の誕生日なので、私はその日帰国する。

エラプ校。
台風で壊れたキッチンの屋根と天井を見る。雨どいがなくなっている。キッチンとトイレの天井3か所に大きな穴があいている。雨季になったら水びたしになるなあ。
「リトルバイリトル(すこしずつ)。すこしずつなおすよ」
午後のクラスにはまだ時間があるから、机の上で昼寝する。Cimg8456





エラプ校は責任者のベイビー先生のほかに4人の若い女の先生。
マリリン先生、アン先生、リザ先生。アナリザ先生は今年から。
先生たちはここで教えながら、教員試験のためのプログラムを受けて、採用試験を目指している。教員の免許があれば、ふつうの学校で2万ペソほどもらって働ける。パアラランではその3分の1、4分の1しか出せない。
親たちに、反対されている先生もいる(もっと給料のいいところで働け、といわれているのか、教師の試験なんてあきらめろと言われているのか?)けど、あきらめずにチャレンジしようと励ましている、らしい。

ジェイたちは、パアラランをNGOとして登録することと、私立学校として承認してもらうための準備をしている。ケソン市(パヤタス校)とモンタルバン州(エラプ校)の両方に学校があるので、書類が煩雑だし、ジェイたちは仕事もいそがしいし、なかなか大変だけど。
学校として認められる基準として、生徒ひとりあたりの面積があるのだけど、パアラランは敷地は狭すぎるし子どもは多すぎる、という問題がある。
NGOの登録ができれば、あるいは私立学校として承認されれば、行政やNGOからの支援が得やすくなる。教師の給料もあげられるだろう。
と期待してはいる。
準備している。見通しはわからないけど。 Cimg8460




午前中は4~5歳、午後は5~7歳の生徒がくる。午前午後4クラスずつ、1クラス20人くらい。
授業のはじめに全員で、歌を歌ったり、踊ったりする。
「幸せなら手を叩こう」の曲は、子供向けアレンジなのか、すごい速いテンポで、幸せなら、ヤッホー。
「ロンドン橋落ちた」も速いテンポで、エクソサイズしよう、って歌詞になってて、エクソサイズする。とんだり、駆け足足ぶみ、体をひねったり。
それから、それぞれの教室へ。
マリリン先生の午後のクラス。曜日と月の英語の言い方を学習している。ひとりの男の子は、蝙蝠の人形もっていて、蝙蝠と一緒にふらふらと教室をとんでいたけど。ときどき先生にすわらされるけど、またすぐとんでいく。Cimg8476





パヤタス校にもどると、教室のプリンセスが手を振る。親しみの感情がわきますけど、そのばさばさの髪、なんとかしたいよねえ。
と私は思ったが、レティ先生は、私のばさばさの髪が気になっていたらしい。私がいつも自分で切るというと、ここにいる間にヘアサロンに行けと言う。ここなら安いから。 Cimg8482




夕方、授業を終えたマリアペレ先生と、リサイクルバッグの買い出しにロイダさんちに行く。予算もないので、自分で担げる程度を仕入れ。来月のバザーで売ります。

夕食のとき、先生たちはクリスマス・パーティのダンスとか衣装の話をしていた。どこかにサンタクロースの帽子があるだろう、とか。
レティ先生は薬を飲む。そう言えば、次いつ病院に行くのだっけ。と書類を出して、「10月、もう終わるじゃないか、いいよ、11月に行こう。」
心臓その他、3人のドクターにかかっている。

「奨学金を出すよ」とレティ先生が言った。
え?
と、私は耳を疑った。こんなにしんどい資金難がえんえんつづいているなかで、何をまた。

2012年に大学に進学したロレンは1年でやめた。授業料が高かったせいもあるのだが、資金が足りなくて、十分な奨学金を出せなかったのだ。ロレンはそれからジェイのオフィスで働いて、専攻も政治学から会計学に変更して、オフィスの近くのカレッジに入りなおした。いまは半日オフィスで働いて、半日カレッジに通っている。

今度奨学金を出したいと思っている男の子は、17歳で、カレッジに入ったが、お父さんが死んで、1セメスターでやめた。それからお母さんがつくったゼリーの行商をして、家計を助けている。エラプ校に売りに来ているんだ、明日紹介する、と言う。
もうすでに書類もできていて、授業料もそんなに高くないし、交通費はこれくらいだし、と話すレティ先生は楽しそうで、自分の健康の心配させるより、奨学生を支援させるほうが、たぶん健康にもいいだろうと思うほどだ。

夜、雨。

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パアララン・パンタオ 2014年10月 ②

10月27日月曜日。
パヤタス校の午後のクラスは、2クラス。ジンジンが、マリアペレ先生のクラスの生徒たちについて教えてくれる。あの男の子は読み書きがよくできるよ、とか、あの女の子は、一週間休んでいたから、アルファベット忘れちゃったみたいだ、とか。Cimg8413




グローリィ先生のクラスの、一番年長のプリンセスという名の女の子は8歳。ジンジンが個別に教えていたけれど、今まで学校に行ったことがない。
学校に来るとき、子どもたちは体を洗ってこざっぱりした身だしなみでくるが、プリンセスは臭いままでやってきた。きょうだいが多くて親もほったらかしだったようだ。あの子は、いつもジャンクショップのなかにすわっていたよ、と先生たちが言う。
目があうと笑う。ばさばさの髪からのぞく目はくるくるとよく動いて、勉強が好きかどうかはともかく、教室にいるのは楽しそうだ。 Cimg8419




プリンセスたちのクラスは、なかなか勉強がすすまない。名前を書くのもやっとこさ。
「大きくなってから学び始める子は、書くことも嫌いだし、大変だ。小学校にあがる前に、もう一年、ここで勉強させないといけないだろう」とレティ先生。

夕方4時。みんなが帰ったあとも、黒板の文字を書き写すのがすんでなくて、居残りの男の子は、涙目だった。
みんなが帰ったあとの先生たちのおしゃべり。
「あの子ったら、ちょっとしか書かないのに、肩で息して、はあ、すんだ、これでぼくは自由だ、っておおげさに言うのよ」
そんな話で笑う。Cimg8421




いつも、夏休みに来ていたから、フィリピンは雨季で雨ばかりだったから、あんまり見ることがなかったけど、夕ぐれ、夕焼けの雲がきれいだ。
路地で、子どもたち夜になっても遊んでいる。Cimg8431

Cimg8436



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パアララン・パンタオ 2014年10月 ①

10月26日日曜日。福岡からのフライト。Cimg8382



マニラ上空、雲の上はきれいな夕焼けだった。
すこし遅れて6時半頃到着。ジュリアン(パアラランの最初の奨学生)とレティ先生が迎えに来てくれていた。ずいぶん待ったと思う。
それから、レティ先生の息子のジェイと妻のカティと、レストランで合流してごはん。
余ったおかずはビニール袋にいれてお持ち帰り。

レティ先生、会う度にやせていく気がする。皮膚が免疫疾患なのか蚊に刺されたあとがなおらなくて、ところどころただれた感じになっていて、とてもいたいたしい。薬がすぐなくなるのに、高くて300ペソするって。
健康のことは、みんなとても心配している。
「ママ・レティは年とってやせたけど、口は元気だよ、声も大きいし」とジェイ。
「パアララン・パンタオ物語」の本を見せると、書くのにどれくらいかかった、ってジェイが訊く。
「20年」って答えたら、大笑いでたくさん感謝してくれましたけど、でも何書かれてるか、わかんないよね?Cimg8388_2




ふたりと別れて今度はレストランで働いているグレースを迎えに行く。
レストランの前で待つこと30分。10時過ぎまで働いている。
11時頃、パヤタス校にたどり着く。ベイビー先生が来ていて、留守番していた。

プライベートルーム(グレースの部屋)にいつも泊まる。
そこの天井の扇風機はおそろしい音がする。夜中に何度も目がさめる。グレースはこんななかでよく寝れるなあ。
午前4時、今度はゴミのトラックの音で目がさめる。
ああ。パヤタスの音だ。 Cimg8400








10月27日月曜日。
音に負けずに寝ていたが、7時半、ちょうどクラスがはじまる頃、 レティ先生に起こされる。
日本人留学生3人が来てくれている。

月曜なので、子どもたちは授業の前にフラッグセレモニー。 国旗を出して、国歌斉唱、宣誓の言葉、感謝の歌、それから音楽にあわせて跳んだりはねたりして、それから勉強。
午前は7時半から10時まで。午後は1時から4時まで。
パヤタス校の先生は去年と同じ、マリアペレ先生とグローリィ先生。 Cimg8401





学生たちにお金の心配をさせてもしょうがないと思うけれど、大丈夫なふりもできないので、ここに来る学生たちは宿命的に、学校の運営難の話を聞くことになる。
先生の給料は5000ペソ〜7000ペソ。相変わらずの薄給に胸が痛む。
それから、今年の7月の台風で、エラプ校のキッチンの屋根が壊れたらしい。
修理に20万ペソかかるという見積もり。
2万ペソじゃなくて20万ペソなのね?
50万円ほど。
「でもお金がないから、あとまわし。すこしずつ、なおすよ」とレティ先生。
それから、学校の昔の話とか、今度12月20日のクリスマス・パーティの話とか。Cimg8402




学生たちを送っていく途中の道で、カンデラリアのお母さんに会う。ああ、何年ぶりかしら。たぷん4年ぶりぐらい。小さい孫娘を連れている。バンジーの娘? ってきいたら(前に会ったときバンジーの赤ちゃんを抱いていた)、「いいや、これはシェリーの娘。バンジーはもうふたりも子どもがいるよ」って言う。
はじめて会った20年前、バンジーはパアラランのデイケアの生徒だった。クリスマス・パーティのときにダンボールに綿を貼ってつくった天使の羽をしょっていた。
カンデラリア家には7人か8人子どもがいて、みんなとっても仲がよかった。下のふたり、女の子と男の子が、同じ年に相次いで病気で亡くなったことがあった。

そのカンデラリアのお母さんと、夕方また、今度は学校のすぐ近くで会った。 以前は、ゴミ山のすぐ麓に家があったのだが、去年、学校のほんの隣に引っ越してきたらしい。
家のなかで孫たちが遊んでいる。全部で6人の孫がいる。
「この前は、あなたスカペンジャーの恰好であらわれたよ」とお母さんが笑う。 そういえば4年前久しぶりに会ったときは、私はちょうど、ダンプサイトにのぼろうとして、でも昔のように勝手にはいってはいけないので、スカペンジャーのふりをして、頭からシャツをかぶって、目だけを出して、汚れた格好で歩いていたのだった。
それで、声をかけたけど、気づいてくれない。 顔を出したら、ようやくわかって、なんだかおかしくて笑ったけど、そのときのことを、またふたりして思い出して笑った。

お昼前、グレースはお仕事にゆく。
ジンジンとテリーさんが来る。テリーさんは家事をしてくれる。ジンジンは、公立学校の教師の仕事はやめて、いまはカビテの自宅とパアラランを行ったり来たりしながら、レティ先生をサポートしている。Cimg8403




マリアペレ先生は、レイテの出身。カレッジの1年までレイテにいた。
去年の台風、親戚や友人は大丈夫だった? って訊いたら、 「何人ものクラスメイトが行方がわからない」って言った。
ペレは18歳でパヤタスに来て、もう12年になるのか。4人の子のお母さんになった。
末っ子のアヤちゃんは3歳。

お昼ごはんは、ペレ先生がアドボをつくる。
「パアララン・パンタオ物語」の本は、写真がたくさんなので、みんなでのぞきこんで、あれこれとおしゃべりがはじまる。この子はバンジーだよ、この子だれだっけ、これはゴミ山が崩れたときのだね、とか、まあそんな感じ。
喜んでくれてうれしいです。

ゴミ山が崩れた2000年の事故の前まで、パアラランの先生をしていたエデンは、2年前にガンで亡くなった。
「ほら、エデンは、ブラックラクを踊ったんだよ」とレティ先生が言う。
事故のあと、避難センターで退屈していた子どもたちと、花(ブラックラク)が閉じたり開いたりするという歌を歌ったり踊ったりして遊んだのだが、子どもたちのいないところで、女の先生たち、股を閉じたり開いたりして踊って、大いにふざけていたのだ。
エデンが踊ったんだよ、ってレティ先生は言うが、レティ先生も踊ったよ。

「服を着ずに踊ったら、カズミ、もうひとり子どもができるよ」 って、もう無理だよ。
……という、お昼休みのおしゃべり。

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